life
life of "love the life"

落語初心者のメモ : 落語初心者のメモ 2008年5月

5/1。しもきた空間リバティで『「らくご渦」春風亭栄助独演会「食らえ丼飯っ!!」』。普段着っぽい格好で栄助さんが登場。何の前振りも無く淡々と一人コントが始まる。落語家の育成施設・NRC(New Rakugoka Creation)の面接というシチュエーション。落語界をくすぐり倒しつつ、ベタ根多の実演で爆笑させる。続いて栄助さんで『野ざらし』。小気味良い展開。八五郎の妄想ぶりが圧巻。東京ガールズの寒風吹きすさぶ俗曲に衝撃を受けた後、三たび栄助さんで自作の新作『リアクション指南』。京言葉のお師匠さんがサディスティックな高笑いとともに暴走する。猛毒のような落語。ヤバい。もうかなり効いてきた。

5/14。国立演芸場で『柳亭市馬独演会』。開演に少々遅れて市馬師匠から。徹頭徹尾無駄を削ぎ落としたミニマルな『不動坊』。たい平師匠の『不動坊』のオリジナルはこれか、と納得。仲入を挟んで白山雅一先生の歌謡声帯模写ショー。御歳83。ささやくようでいて限りなく透明でのびやかな歌声に痺れる。続いて市馬師匠で『鰻の幇間』(うなぎのたいこ)。はめられたことを了解しつつ、全く暗くならずにその境遇を楽しんでさえいるような太鼓持ち。清々しく、見ていて晴れやかな心持ちになる。この感じは市馬師匠にしか表現できないんじゃないか。

5/17。三鷹市芸術文化センター星のホールで『立川談春独演会 春談春』。開演前に『赤めだか』サイン会。首尾よくゲットして感激。立川こはるさんの『手紙無筆』に続いて談春師匠で『天災』。クールに登場するも徐々に煽られてしまう心学の先生と、どうしようもなく凶悪なのにどこか憎めないがらっぱちの決して噛み合うことのない問答が絶品。仲入を挟んで談春師匠で『大工調べ』。師匠の『大工調べ』を聞くのは昨年3月以来二度目。八五郎のとぼけ具合が見事に制御され、前回以上に登場人物の個性がかみ合い、棟梁の啖呵も絶好調に冴え渡る。鳥肌もののカッコ良さだった。

5/26。東京芸術劇場中ホールで『三遊亭白鳥柳家喬太郎二人会 デンジャラス&ミステリアス』。白鳥師匠の『ねずみ』を枕の終盤から。ご自身の貧乏体験を絡めたりしつつ、宿屋の親子をちょっと意地の悪いキャラクターとして描く。動物の登場する根多は白鳥師匠にぴったり。筋書き通りでありながら、見事に個性的な『ねずみ』に思わず唸る。続いて喬太郎師匠で自作の新作『ハンバーグができるまで』。メロドラマ的展開の小品。仲入の後、ふたたび喬太郎師匠でやはり自作の新作『夜の慣用句』。セクハラ&パワハラオヤジの生態を思い切り誇張しつつ克明に描写する。ある意味『大工調べ』の棟梁にも通ずる切れ味とアナーキー。喬太郎師匠の禍々しくも魅力的な一面を久しぶりに拝見した。トリは白鳥師匠で自作の新作『アニメ勧進帳』。ややエピソード多め。それにしても給食の献立のところでは思い切り爆笑させていただいた。

5/30。深川江戸資料館小劇場で『笑福亭三喬独演会』。笑福亭喬若さんの『へっつい盗人』に続いて三喬師匠で『禁酒関所』(禁酒番屋)。話芸そのものは至って緻密かつ端正。それでいてビジュアルと噺のトーンからはなんともとぼけた味わいが漂う。会場がすっかりほんわかした空気感で包まれた後、ふたたび三喬師匠で自作の新作、と言うかご自身の家族の変遷とその周辺にまつわるエピソード根多にした『我家のアルバム』。関西ならではの親密な人間模様にますます和む。仲入を挟んで三喬師匠で『三十石船』。舟歌に鳴りもの入り、登場人物入り乱れての楽しく華やかな根多。見たことのあるはずもない淀川下りのイメージが、高座から客席へふわりとひろがった気がした。品ある緩さ。

July 4, 2008 8:00 AM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ : 落語初心者のメモ 2008年4月

4/6。三鷹市公会堂で『立川志の輔独演会』。立川志の彦さんの『つる』に続いて志の輔師匠で『みどりの窓口』。珍客の応対に次第に追いつめられてゆくJR職員、と言う展開は師匠のお得意ではあるものの、やはり緻密なディテールに引き込まれ、意外にして鮮やかな下げに思わずのけぞった。仲入を挟み、志の輔師匠で『柳田格之進』。この根多を師匠で聞くのは昨年の大銀座落語祭以来2度目。つくづくカッコいい。

4/8。紀伊國屋ホールで『第520回紀伊國屋寄席』。柳家三之助さんの『棒鱈』を途中から。綺麗で明朗。次に古今亭志ん橋師匠で『池田大介』。志ん橋師匠を見るのは初めて。子供を演じる様子が実に愛らしく、なんとも幸せな気持ちになる。続いて桂文楽師匠で『素人うなぎ』。単純な滑稽話も師匠が演じると格調高いものに。仲入後の一席は柳家喬太郎師匠で軽〜く『母恋いくらげ』。ほのぼのしてホッと一息。退場の仕方が素晴らしい。トリの桂歌丸師匠は交通トラブルで東京に戻れず、立川志らく師匠が自作のシネマ落語『たまや - 天国から来たチャンピオン - 』を代演。目まぐるしい展開とオーバーアクションを思い切り楽しんで、最後の最後にほろり。力の入った高座。ここに来てついに志らく落語を楽しむための脳内回路がカチリと繋がったような感覚が。

4/12。深川江戸資料館小劇場で『第五回 特撰落語会 ほたると白酒と権太楼』。桃月庵白酒師匠の『あくび指南』を枕の途中から。白酒師匠を見るのは初めて。繰り返しの多いシンプルな構成の根多が、細部を端正に積み重ねることで次第に奥行き深いものとなる。品があって、しかも楽しい。続いて柳家権太楼師匠で『死神』。脚色無しで真っ直ぐに聞かせる。にも関わらず心底可笑しく、最後には背筋が寒くなった。にっこり微笑むだけで見るものを幸せな心地にさせる素敵なお顔をしていらっしゃる師匠なだけに、余計に恐い。さらに白酒師匠で『突き落とし』。『あくび指南』とは打って変わって登場人物が多く場面描写のややこしい噺を、丁寧に、それでいて軽妙に演じる。
仲入の後、権太楼師匠、白酒師匠、柳家ほたるさんが揃って登場。ほたるさん二ツ目昇進の口上。続いてほたるさんで『お菊の皿』。お菊の動作が激し過ぎて爆笑。トリは権太楼師匠で『試し酒』。これまたシンプル極まりない筋書きだが、久蔵の愛すべきキャラクターが見事に際立ち、噺の世界へどっぷりと引き込まれてしまう。大盃を飲み干す場面の凄まじさは筆舌に尽くし難い。ギラつく眼光。狂気をはらんだ名演に場内は割れんばかりの拍手で包まれた。この落語は「身体で演じる」という域を超えている。感動とともに、なぜか枝雀師匠を思い出した。

415。お江戸日本橋亭で『市馬落語集』。柳亭市也さんの『道灌』に続いて、柳亭市馬師匠で『明烏』。仲入を挟んで市馬師匠で『寝床』。根多下ろしの『明烏』も素晴らしかったが、『寝床』はさらに輪をかけていい。カラリとして、味わい深い。市馬師匠の高座にしかないこの感覚は一体どうやって表すべきか。市也さんは前日が初高座とのこと。枕で市馬師匠が話されたご自身の初高座と柳家小さん師匠のエピソードが実に暖かく、心に響いた。

4/16。みたか井心亭で『寄席井心亭 数えて百五十五夜 卯月』。柳家喬太郎師匠の会。最初は柳家小ぞうさんで『がまの油』。才気あふれる前座さん。いきなり大いに楽しませていただく。立ち居振る舞いのがさつさが取れれば一気に開花しそうな予感。続いて喬太郎師匠で『百川』。百兵衛のふわふわしたキャラクターが妖怪的でいい。さらに小宮孝泰氏で『青菜』。その見事さに驚くと同時に「高座が楽しくてしょうがない」という様子が伝染してこちらまで嬉しい気持ちになる。仲入を挟んで寒空はだか先生の登場。高座と客席の狭間で窮屈そうに根多を繰り出す姿が妙に可笑しい。見上げ位置で聞く『東京タワーの歌』は格別。トリは喬太郎師匠で『宮戸川』通し。前半のラブコメ的展開と、後半のサスペンスフルな展開。その極端な対比は終演後に悪寒を覚えるほどの違和感を伴うものだった。ある意味、師匠の自作以上に喬太郎落語的だ。

4/20。三鷹市芸術文化センター星のホールで『柳家さん喬独演会』。柳家小んぶさんの『小町』、柳家喬四郎さん自作の新作『せれぶ』に続いてさん喬師匠で『百川』。先日に見た喬太郎師匠の『百川』は、ストーリー、演出的にほぼさん喬師匠の完全コピーであることが分かる。にも関わらず印象が大きく異なるのが不思議で興味深い。さん喬師匠の人間味溢れる百兵衛は最高に魅力的だが、喬太郎師匠の妖怪百兵衛も捨て難い。
仲入の後、さん喬師匠が羽織を着けずに高座へ上がられ「会場にお子様がいらっしゃるので」と予定外の『初天神』をショートバージョンで見せて下さった。これがもう絶品。動作ひとつひとつが実にリアルで可笑しいのなんの。単に面白くしようとすると父親とこまっしゃくれた息子との間柄が荒んで見えてしまいそうな噺だが、さん喬師匠演ずる父親の眼差しには溢れんばかりの愛情が感じられる。柳家小菊師匠の粋曲にうっとりした後、三たびさん喬師匠で『柳田格之進』。ずっしりと重厚。これまた比較になるが、志の輔師匠の『柳田格之進』がいかにクールにモダナイズされたものであるのかが分かった。やはりどちらも素晴らしい。

June 18, 2008 2:00 PM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ : 落語初心者のメモ 2008年3月

3/13。東京芸術劇場小ホール2で『瀧川鯉昇 柳家喬太郎 二人会 古典こもり』。瀧川鯉斗さんの『動物園』に続いて喬太郎師匠で『転宅』。泥棒の愛すべきダメっぷりが何とも素晴らしい。次に鯉昇師匠で『明烏』。鯉昇師匠を見るのは初めて。まことに失礼ながらお顔からは想像のつかない綺麗で繊細な芸にうっとり。仲入を挟んで再び鯉昇師匠で『長屋の花見』。先とは打って変わったからりとして滑稽な貧乏ネタはハマり過ぎてもう爆笑。トリは喬太郎師匠の『綿医者』。不条理な展開とあまりにナンセンスな下げに衝撃を受ける。

3/14。連日の東京芸術劇場小ホール2で『昔昔亭桃太郎独演会 春の桃太郎』。春風亭昇々さんの『子ほめ』に続いて桃太郎師匠の『受験家族』と風間杜夫氏の『風呂敷』。風間氏の落語を見るのは初めて。桃太郎師匠による飄々とした新作と風間氏による端正な古典。この何とも不思議な対比を味わえただけでも儲け物。仲入を挟み、両氏の対談に続いて三たび桃太郎師匠が登場。演ずるはなんと『不動坊』。とぼけたくすぐりをてんこ盛りにした冒頭の展開からして、舞台は完璧なる桃太郎ワールドに置き換わっている。幽霊役が頭上にセリフを訪ねる仕草が可笑し過ぎて忘れ難い。

3/19。みたか井心亭で『寄席井心亭 数えて百五十四夜 弥生』。林家たい平師匠の会。最初にたい平師匠で『不動坊』。何度出会っても聞き惚れる完成された芸。桂三木男さんの『猿後家』で仲入。続いてたい平師匠の『文七元結(ぶんしちもっとい)』をたっぷり。これが凄まじいまでの熱演で聞き終えて思わずぐったりしたが、今後一気に進化しそうな予感のある根多。近いうちにぜひまたどこかで聞いてみたい。

3/23。三鷹市芸術文化センター星のホールで『柳家花緑独演会』。最初に柳家花いちさんの『饅頭こわい』。続いて花緑師匠で『片棒』と『禁酒番屋』、仲入を挟んで再び花緑師匠で『出来心』と『お見立て』というなんとも嬉しい盛り沢山な内容。個々の根多はもちろん素晴らしいが、何より高座から伝わるカラフルな空気が楽しく、心地良い。花緑師匠の芸は独演会でこそ最大限に生きるのでは、と考えたのは正解だった。

3/27。内幸町ホールで『WAZAOGI ろっく・おん 三遊亭円丈コレクションVol.1』。円丈師匠を見るのは初めて。三遊亭玉々丈さんの小咄の後、円丈師匠で『ぐつぐつ』。柳家小ゑん師匠による新作。円丈版は哀感をベースにえも言われぬ可笑し味を湛えた大作だった(小ゑん版はどんなだろう)。以後しばらく「ぐっつぐっつ!」がわが家で流行。
続いて春風亭栄助さん(今秋真打昇進と共に「百栄」に改名予定)が元気無く登場。こちらも初めて拝見。掴み所の無い枕に翻弄される落語通の小咄に始まって、自作の新作『古典の天使・新作の悪魔』へ。アニメ声の天使とデーモン小暮風の悪魔の板挟みに苦しむ二ツ目さん。落語の世界を落語のフォーマットで茶化し倒す。くすぐりといい流れといいあまりに見事で、大爆笑の後、半ば呆然として見送る。以後しばらく「このうつけ者!(アニメ声で)」がわが家で流行。
さらに円丈師匠で『新がまの油』。これは自作だろうか。正調の口上と、オリジナルの口上の両方が聞けて実に愉快で得した気分。仲入を挟んで三たび円丈師匠で自作の新作にして名作の誉れ高い『遥かなるたぬきうどん』。円丈師匠の高座は声の抑揚が極めて激しい。無駄にドラマティックな筋立てのシュールな根多がその調子にぴたりとはまり、ジェットコースターのように展開する。爽快。斬新。落語はここまで自由なものだったか。

June 16, 2008 1:00 PM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ : 落語初心者のメモ 2008年2月

2/14。なかのZERO小ホールで『柳屋喬太郎独演会』。こちらの大ホールには以前に何度か訪れたことがある。あまりに空間が広過ぎて、落語の場合どうもステージに集中し辛いため、最近はここでの公演チケットを取るのを避けていた。初めて入った小ホールは客席の奥行きが小さく、傾斜が大きくとられており、後方でもステージの様子が手に取るように分かる。かなり古そうな施設で、時折外の音がわずかに漏れ聞こえたりはするものの、落語を見る分にはほぼ言うこと無し。いいハコだ。
柳屋こぞうさんの『真田小僧』に続いて喬太郎師匠の登場。バレンタインデーに因んでの演目は自作の新作『白日の約束』。同僚のOLとモテ男社員の演技が違和感アリアリに誇張されるのに対して、噺の中心となる男は丸っきりの与太郎で、そのギャップが面白い。夜のデートの途中でOLに「そろそろ行こうか」と連れ出されてからの不条理な展開で観客を一層引き込んだと思ったら、見事な駄洒落でさげて終わってみるとちゃっかり落語になっている。流石。
さらにねこマジさんの美声で寿限無を堪能してから仲入り。この流れで最後に喬太郎師匠が持ってきたのは驚いたことに人情噺バージョンでの『おせつ徳三郎』通し。師匠一流の美しく映像的なラストシーンに涙。

2/17。三鷹市芸術センター星のホールで『林家たい平独演会』。こたい平さん(たい平師匠の御子息。小学生!)の『転失気』(てんしき)に続いてたい平師匠の『不動坊』。終盤、幽霊登場の場面の描写がやたらと細かくて、もう笑いっ放し。
仲入りに続いて花島世津子師匠のゆるーいマジックで和んだ後、たい平師匠の『愛宕山』。以前からこの演目は師匠にハマるだろうな、と思っていたが、これがもう想像以上の素晴らしさ。最初から最後まで、先ほどの『不動坊』を上回る鮮やかさでディテールを紡ぎながら、まさに全力疾走での熱演は感動的なものだった。いやーよく笑った。

2/23。深川江戸資料館小劇場で『特撰落語会第4回 柳屋喬太郎とすわ親治の二人LIVE』。柳屋小きちさんの『松竹梅』、喬太郎師匠の『金明竹』(きんめいちく)に続き、楽しみにしていたすわ親治氏の一人コメディ。静かにステージへと登場し、自己紹介がてらあの甲高い笑い声を一瞬聞かせて下さった。この時点ですでに私たちは鳥肌状態。イッセー尾形方式でステージ袖で衣装替えをしつつ、次々に繰り出されるコントはどれも短時間で極めつけにシンプル。一瞬の間合いで虚を突くようにして挿入されるオチが凄い。ショックと同時に爆発的な笑いが劇場を包み込む。新鮮さと懐かしさ。私たちが目の当たりにしたのは間違いなくあのドリフターズの笑いであり、そのひとつの進化形だった。今後のライブをしっかりチェックせねば。お二人の対談後、仲入り。
続いて喬太郎師匠で『錦木検校』(にしきぎけんぎょう)。三味線栗毛のエピソードを前半に置いて、人情噺に仕上げたもの。角三郎が友人の按摩師・錦木に口語で話しかけるところで思わず涙。また泣かされた。喬太郎師匠の演じる武士は本当に格好良い。

2/27。東京芸術劇場小ホール2で『上方落語の花形来る!vol.2 桂南光・こごろう親子会』。最初に登場した桂ちょうばさんの『時うどん』が良かった。上方の若手は人材豊富だ。続いて桂こごろう師匠で『動物園』。シンプルな根多を豊かな表情と丁寧な演技で見事に膨らませる。園長が着ぐるみの男に虎の歩き方を教えるところがいい。そしていよいよ南光師匠の登場。演目は『初天神』。軽めに終わるかと思いきや、師匠の手にかかるとこれが実にひねりと小技の詰まった根多となるのに驚いた。買い物をせがむ子供がなんともしたたかさで憎たらしい。
仲入り後、こごろう師匠の『阿弥陀池』(東京に『新聞記事』と言う似た根多がある。何か関係がありそうだが、はて)。知ったかぶりの男の間抜けぶりが、上方落語らしくオーバー気味に描写されるのがこれまたいい。軽妙にして濃厚。最後は南光師匠の『素人浄瑠璃』(『寝床浄瑠璃』とも言う。東京の『寝床』の原型)。以前林家染丸師匠で見た時とはがらりと印象の異なる爆笑根多だった。先の『初天神』といい、エピソードだけを抜き出すとえげつなかったりしつこかったりするはずが、流麗な関西言葉や巧みな間合いと相まって、終わってみると不思議なくらいに上品な後味を残す。独特のかすれた声質もまた耳に心地良い。格調高く骨太な芸を堪能させていただいた。もっと東京で演って下さらないものか。

March 13, 2008 7:00 AM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ : 落語初心者のメモ 2008年1月

1/7。横浜にぎわい座で『立川談春独演会』。横浜にぎわい座は桜木町駅近くのビル内にあるホール。訪れたのはこれが初めて。座席は背に小さな折り畳みテーブル付きで、2F桟敷席下には提灯がずらり。ステージには寄席囲い(提灯付きの和風プロセニアムみたいなもの)も仮設され、体裁はすっかり寄席仕様。客席には適度な傾斜があって割合に前が見易く、シートは小振りながら「きゅうきゅう」と言うほどではない。鈴本に比べれば天国のように快適だ。いいなあ横浜。
立川こはるさんの『小町』に続いて談春師匠の登場。演目は初めて聞く『棒鱈』(ぼうだら)。この噺の構造が実に面白い。
表面上は田舎侍の無粋に江戸っ子が腹を立ててひと騒動、という筋書き。田舎侍がマグロの刺身のことを「赤ベロベロの醤油漬け」と言うあたりで爆笑とともに噺が急展開し始めるが、ここでの笑いは田舎侍のおかしな言葉遣いと同時に江戸の悪食に対して向けられることになる。田舎では刺身と言えば白身であり、赤身やタコを濃い味にしたものなど下衆な食い物に過ぎない。垢抜けないのはお互い様なのだ。田舎侍の台詞はおそらく九州弁であろう訛で演じられる。時代背景は幕末。薩長と、国のイニシアチブをさらわれつつある江戸との微妙な力関係が噺の伏線として効いて来る。
シンプルなようでややこしい噺も談春師匠にかかればさらりと小気味良い。仲入りに続いての演目は談春師匠では2度目の『妾馬』。東京国際フォーラムで聞いたときよりもさらに可笑しく、かつ流麗。感動が沸き上がった。

1/29。よみうりホールで『第二十六回東西落語研鑽会』。先ずは柳家三三師匠で『権助提灯』。軽めの根多ながら、初めて聞く三三師匠の落語は力強かった。初っ端にもかかわらず客席との間合いが絶妙。こ、これはヤバい。今後チェックしなくちゃ。続いて二番目にはなんと桂春団治師匠が早々の登場。しかも『桃太郎』に『鋳掛屋』と上方の小憎たらしい子供の噺を立て続けに。以前に渋谷で拝見した折は惚れ惚れするような男前だったが、この日はなんとも可愛らしい春団治師匠だった。さらに続いては柳家小三治師匠。春団治師匠主演の映画『そうかもしれない』(小三治師匠も通行人Aで出演とのこと)の話題を枕に『あくび指南』へ。師匠ならではのとぼけた味わいが凝縮された根多。淡々としているのに聞き入ってしまう。
仲入りに続いて春風亭昇太師匠の『茶の湯』。毒性の高さとチャーミングさが見事にマッチして爆笑。ハマり根多。そしていよいよのトリは林家染丸師匠。鳴物に踊りまで加えての大胆で華やかな演出。それでいて落語の粋は決して失われることがない。この楽しさは染丸師匠の高座でしか味わえない貴重なものだ。いやはや、今回の『研鑽会』もお腹いっぱい。

February 12, 2008 12:00 PM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ : 落語初心者のメモ 2007年11・12月

11/3。三鷹市芸術文化センター・星のホールで『立川志の輔独演会』。開口一番・立川志の春さんの『道灌』に続いて志の輔師匠の登場。あまり声の調子が良くないとのことで、枕を長めにとっての演目は自作の新作『買い物ぶぎ』。買い物を頼まれてドラッグストアへ来たおじさんにマーケティングの不条理を延々掘り起こされてパニックに陥る店員に大笑いしつつ、その設定の綿密さに舌を巻く。
仲入りを挟んで『井戸の茶碗』。二組の武士の意地の張り合いの板挟みとなるお人好しの屑屋。終盤、屑屋をキレさせてしまうのは実に師匠らしいユニークな演出。制度に潜む矛盾に蟻地獄のようにはまってゆくキャラクターの悲喜劇を、志の輔師匠はいともスマートかつ現代的に描く。

11/21。みたか井心亭で『寄席井心亭 数えて百五十夜 霜月』。林家たい平師匠の会。井心亭は1983年に三鷹市の和風文化施設として設けられた木造平屋の建物。設計は番匠設計。最初にたい平師匠の『反対俥』(はんたいぐるま)。人力車夫に引っ張り回される客のハチャメチャな根多を、思い切り今風にアレンジしてさらにハチャメチャに。続いて三遊亭歌彦さんの『新聞記事』。さらに 林家久蔵師匠の『浮世床』で仲入り。
最後にたい平師匠で『粗忽長屋』。これが実に鮮やか。ところどころ時事ネタでくすぐりながら、まともな人物をほとんど介在させずに、ナンセンス極まりない根多を破綻無く飄々と演じる。笑いの向こうに芸の凄みが垣間見える落語。終演後にサインをいただいた。

11/26。よみうりホールで『第25回東西落語研鑽会』。先ず桂つく枝師匠で『四人癖』。初っ端から品のある見事な上方落語。その表情の楽しく豊かなこと。今後要チェック。続いて全国落語台本コンクール優秀賞作品の 『夢で逢えたら』 (冨田龍一氏作)を柳家喬太郎師匠で。切ない幽霊根多を師匠らしく怪しく映像的に力演。続いて林家正蔵師匠と柳家花緑師匠のダブル司会でコンクールの表彰式。こちらにも喬太郎師匠が登場。さりげなくコケてみたり、椅子の後ろに恨めしげに立ったりするのが妙に可笑しい。本当にちょっとした動作が舞台に映えるのだ。コントとか芝居もやってみてほしいような、やらないでほしいような。
仲入りを挟み花緑師匠で『唖の釣』。 師匠の落語は人数の出る会ではあまり印象に残ったことが無いのだが、この日は違った。テレビでは口演の難しい根多を嫌味無く粋に演じて正蔵師匠に繋ぐ。『鬼の面』は林家しん平師匠の新作(正:上方由来の古典・0802/22訂正)。正蔵師匠らしい人情味の豊かな根多。人は悪くないが悪戯心が過ぎて事件を引き起こしてしまう旦那のキャラクターが師匠自身に重なる。最後は桂三枝師匠で自作の新作『宿題』。お馴染みの根多ながら、各師匠が盛り上げた会場の空気を一身に引き受ける熱い高座だった。涙ぐむくらいに爆笑。

12/12。博品館劇場で『たい平たっぷりナイト2』。先ずは林家たい平師匠で『七段目』。上方由来のはめもの(口演途中のお囃子)入りの芝居噺。歌舞伎のパロディを相当上手く演らなくては面白くならない根多だが、さすがは師匠。役者の物真似を分かりやすく織り交ぜて巧みに現代化しつつ、抜群のテンポで華やかに演じる。林家ペタ子さんの歌の後仲入り。たい平師匠がiMovieで作ったと言う空の写真のスライドショーに続いて最後は『芝浜』。
無知な素人が言うべきことではないかもしれないが、『芝浜』の山場は前半の財布を拾うシーンにあるのではないか。そこで観客に芝の浜の風景を想起させることが出来るかどうかが、この根多の良し悪しを決定付ける。とすれば、この日のたい平師匠の『芝浜』は文句無しの佳作だった。思わず魚屋夫婦に感情移入して涙、涙。

12/18。内幸町ホールで『東西若手落語家コンペティション2007 第5回』。出演陣がじゃんけんで登場順を決めて、トップは立川志ら乃さんの『火焔太鼓』。志らく師匠ゆずりの暴走機関車のようなスピード感と脱線具合に爆笑。次は三遊亭歌彦さんの『片棒』。声が非常に良く、言葉使いは流れるように美しい。しかし、申し訳ないことに何故か眠たくなる(11月の井心亭でもそうだった)。続いて桂春菜さんの『七段目』。歌舞伎部分が今ひとつ未完成で、根多全体に一体感を欠く印象ではあったが、独特の色気を感じさせる噺家さんだった。
仲入りを挟んで三遊亭遊馬さんの『佐野山』。江戸後期の相撲取・谷風と佐野山にまつわる講談由来の根多。伏線、登場人物ともに多く、落語としては面白くし辛そうな構成ながら、表情豊かでメリハリの効いた遊馬さんの口演は素晴らしかった。最後まで明確な種明かしをせずにお終いにしてしまうがこれまた粋だ。最後は桂かい枝さんで自作の新作『ハル子とカズ子』。熱演が続いて観客も疲れただろう、と思われたのか、お得意の軽めの根多。とは言え、関西のおばあちゃん同士の会話は実に良く練られており、客との間合いの取り方もまた一流だ。終演後、観客による投票が行われ、この日の優勝者はかい枝さんに決定。正直、この場においてはラッキーな選出であったと思うが、おそらくかい枝さんはまだ爪を隠しておられる。2月のグランドチャンピオン大会が楽しみだ。と思ってたんだけど、迂闊にもチケットを取り損なってしまった。。。無念。

January 19, 2008 10:00 AM | trackbacks (0) | comments (2)

落語初心者のメモ : 落語初心者のメモ 2007年10月

10/11。イイノホールで『三遊亭白鳥 柳家喬太郎 二人会 デンジャラス&ミステリアス』。客席を見回したところ、いつもの落語会よりも平均年齢が20才くらい若いような気がした。それでもせいぜい40才くらいだが。18:30開演の落語会を平日に見に来れるダメ人間が同年代にこんなに大勢居るとは実に心強い。
お二人でのトークに続いて、喬太郎師匠の『午後の保健室』。お得意の誇張・デフォルメされたキャラクターの立ち具合、それのみで根多を成立させてしまう。極めてシンプル。これはもう喬太郎師匠以外の人には出来ない力技だ。強力なオヤジキャラを与えられた中学生の繰り出すギャグが吹雪のように吹き荒れ、ねじれた笑いが爆発する。
そして白鳥師匠の『サーカス小象』。白鳥師匠の高座を見るのはこの日が初めて。アニメや漫画のストーリー設定をもじりつつ細かなギャグをてんこ盛りにしたウケる世代の限定されそうな根多。少々詰め込み過ぎのきらいはあったが、その後2週間近く語尾に「…だぞ〜う」を付けるのが我家で流行するくらいに洗脳されてしまった。
仲入を挟んで再び白鳥師匠の『アジアそば』。蕎麦が食べたい客とインド人とのまるで噛み合ない会話にスパイシーなギャグが散りばめられる。内容は現代的、その実、構造的には完璧なる古典落語。馬鹿馬鹿しく、短い根多だが素晴らしく気が利いている。粋だ。
最後は喬太郎師匠の『ハワイの雪』。仕込(落語前半の根多設定の説明となる部分)を間違えるなどのトラブルがあり、星のホールで見た時ほどの締まりはなかったが、やはりいい根多。

10/23。深川江戸資料館小劇場で『入門30周年記念 桂小春團治独演会』。天井が高く、綺麗で立派なホール。
先日渋谷繁昌亭で拝見し、上方にもこんなに凄い新作をやる人が!と驚いて、すぐにこの日のチケットを取った。開口一番、笑福亭呂竹にさん続いて小春團治師匠の『冷蔵庫哀詩』。桂春雨師匠の『稽古屋』と来て再び小春團治師匠の『職業病』。仲入を挟んで小春團治師匠のヴィジュアル落語『漢字悪い人々』。
冷蔵庫の中、ファミリーレストランの中と、極めて限られた空間を舞台としながら、そこにバラエティ豊かなキャラクターをこれでもかと盛り込んで、全てを破綻無く演じ分けてしまう小春團治師匠の話術は実に幻惑的だ。『冷蔵庫哀詩』に至ってはプッチンプリンを主人公にしながら微妙に人情話のテイストまで含むのだから信じ難い。『職業病』では元葬儀屋のウェイターの緻密な描写に感心しつつ爆笑。『漢字悪い人々』はプロジェクターを使用し、小春團治師匠自らPCを操作しながらの高座。ロードオブザリングとスターウォーズをごっちゃにしたようなストーリーの舞台となるのは擬人化された文字の世界。一体スケールが大きいんだか小さいんだか。おもちゃ箱の中を鮮明な広角レンズ越しに覗くような、不思議な世界観を堪能させていただいた。東京ではまだ知名度が低いのか、客席の入りが2/3程だったのがなんとも惜しい。今後要チェック。

10/28。歌舞伎座で『第一回落語大秘演会 伊藤園 鶴瓶のらくだ』。
以下はまだ公演中につきネタバレを含むため続きへ。

November 16, 2007 8:00 AM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ : 落語初心者のメモ 2007年9月

9/7。練馬文化センターで『市馬・喬太郎 ふたりのビッグショー』。
開口一番、柳亭市朗さんに続いて寒空はだか師匠の登場。師匠のステージを見るのはこれが初めて。歌と物真似を織り交ぜた素敵に下らないネタのオンパレード。客席との距離の置き方が絶妙で、思わずぐんぐんと引き込まれてしまう。さすがにあの浅草東洋館を湧かせる芸人さん。テレビの一発屋とはわけが違う。と言いつつ東洋館には行ったことがないんだが。
そしていよいよ柳亭市馬師匠の『お化け長屋』。4月の花緑まつり以来なかなか拝見する機会がなく、じっくりと聞けるのを楽しみにしていた。素晴らしく豊かな声色と声量。根多の後半に威勢のいい間借り人が登場すると、ハイテンションな言葉遣いがなんとも小気味良い。流麗にしてカラフル。江戸落語の楽しさを満喫。
仲入を挟んでの演目はなんと市馬・喬太郎師匠による歌謡漫才。アニマル亭 馬夫・豚夫の登場。市馬師匠のフリフリタキシード、喬太郎師匠の眼鏡にダークスーツ姿は、ビジュアルのみでもう爆笑。西武池袋線の駅名に無理矢理因んだ市馬師匠の歌の数々が馬鹿馬鹿しくも可笑しい。続いては昔昔亭桃太郎師匠のトーク。ご自宅が近いからお呼びがかかった、なんてことも含め、相変わらずどこまでがウソかホントか分からない話題の連続で会場を煙に巻きつつ大いに湧かせる。
最後は柳家喬太郎師匠の『彫師マリリン』。誇張、デフォルメされたギャルキャラと職人気質の掘駒師匠の鮮やか過ぎる対比。喬太郎師匠の新作ならではの見事な風刺、演技力と構成力を堪能させていただいた。

9/9。内幸町ホールで『落語家生活三〇周年 雀々十八番』最終日の昼の部と夜の部通し。
昼の部の開口一番は桂雀喜さん。続いて桂雀々師匠『がまの油』、林家たい平師匠『明烏(あけがらす)』、雀々師匠『仔猫』。仲入を挟んで雀々師匠『疝気の虫』。
夜の部の開口一番は桂都んぼさん。続いて雀々師匠『子ほめ』、春風亭昇太師匠『おやじの王国』、雀々師匠『夢八(夢見の八兵衛)』。仲入を挟んで雀々師匠『愛宕山』。
少々大人しい印象を受けた大銀座落語祭での高座とは打って変わって、この日の雀々師匠はとにかくハイスピードでハイテンション。よどみなく繰り出される大阪言葉の迫力が圧倒的。しつこいリフレインが次第にエスカレートして、爆発的な笑いへと膨らんで行く様はまさにスペクタクル。
どの根多も甲乙つけ難いが、強いて挙げれば下げの鮮やかさとファンタジックな展開の際立つ『仔猫』と『夢八』が秀逸。また『愛宕山』の荒唐無稽さと異様な勢いはほとんど狂気の沙汰とも思える凄まじさだった。おそらく、雀々師匠は枝雀落語を消化すると同時に、独自の爆笑スタイルを確立することに成功したのだ。

9/21。川崎市麻生市民館で『桂三枝独演会』。演目は桂三段さん『憧れのカントリーライフ』、続いて桂三枝師匠『宿題』。仲入を挟んで桂三歩師匠『青い瞳をした会長さん』、最後は三枝師匠『誕生日』。全て三枝師匠の創作落語。
『青い瞳をした会長さん』は三歩師匠のキャラクターにぴったりのナンセンスな根多。三枝師匠の『宿題』は昨年4月のよみうりホールで一度聞いたが、分かっていてもやはりお腹のよじれる傑作。『誕生日』を聞くのはこの日が初めて。現代的でつつましやかな米寿祝い。爆笑の中にもほっと心温まる下げが見事。絶滅寸前の家族愛を滋味深く描く素敵な根多。会場を出て、電車に乗る頃になってふいにじんと来た。

9/26、27。渋谷セルリアンタワー東急ホテルボールルームで『第三回 大・上方落語祭 渋谷繁昌亭』夜の部を二日続けて。
26日は開口一番、桂しん吉さんに続いて笑福亭三喬師匠『おごろもち盗人』、笑福亭仁智師匠『スタディーベースボール』、桂ざこば師匠『青菜』。仲入を挟んで桂きん枝師匠『親子酒』、林家染丸師匠『寝床浄瑠璃』。
この日最も印象深かったのは三喬師匠。間の抜けた夫婦の会話やコロコロ態度を変える盗人の様子が、流れるような大阪言葉で描写される。瑞々しく映像的な上方落語。ざこば師匠の『青菜』は涙もろい庭師のキャラクターが可笑しい。染丸師匠得意の華やかで滑稽な芝居噺も実に見事なものだった。
27日は開口一番、桂市之輔さんに続いて桂小春團治師匠『さわやか侍』、笑福亭松喬師匠『へっつい幽霊』、桂春団治師匠『野崎詣り』。仲入を挟んで笑福亭鶴光師匠『西行鼓ヶ滝』、桂三枝師匠『悲惨な夏』。
この日の内容はまた一段と濃厚だった。『さわやか侍』は小佐田定雄氏の新作で時代劇仕立てのナンセンスな根多。膨大な登場人物を全く違和感無く演じ分けながら爆笑を誘う小春團治師匠の話芸に舌を巻く。この根多は果たして小春團治師匠以外の人に出来るのだろうか?一転して松喬師匠はスタンダードな古典根多。これがまた凄かった。道具屋、熊五郎、銀ちゃんと言った各登場人物が、言葉使いはもちろんのこと、その表情や仕草などのディテールに至るまで実に緻密に、まるで別人のように生き生きと描かれる。時にはんなりと、時に豪快に聞かせる大阪言葉が魅力的で、すっかりファンになってしまった。ぜひこの人の『らくだ』を見てみたい。大阪言葉の魅力、と言う点では春団治師匠の『野崎詣り』もまた見事と言うより他は無い。何年か大阪に住んだことのある私たちにとっても聞き慣れない言い回しが何度も登場したが、その響きは美しく、楽しく、なんともカッコいい。1930年生まれの春団治師匠のお元気な姿を東京に居ながらにして拝見することが出来るとは幸せだ。
立て続けの至芸と仲入の後に登場した鶴光師匠だったが、その高座は一切霞むことの無い鮮やかさだった。西行の短歌という古めかしいにもほどかあるような題材を用いながら、鶴光師匠らしい駄洒落やキツいジョークを織り交ぜて、爆笑落語に仕立ててしまう力技。恐れ入りました。

終わってみれば上方落語月間、と言った具合の9月。『雀々十八番』でも『渋谷繁昌亭』でも、おそらくは独特のニュアンスとノリについて行けないのであろう、大方の盛り上がりをよそにキョトンとした様子の方が散見されたことが記憶に残っている。上方の言葉に多少なりとも親しみのあることは私たちにとって非常に幸運なことだと痛感した。一方、三枝師匠の落語はその辺りの障壁を巧みに取り除いてあるような気がするのだが、実際のところどうなのか、興味深いところだ。

November 14, 2007 12:00 PM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ : 落語初心者のメモ 2007年8月

8/7。東京芸術劇場小ホールで「昔昔亭桃太郎三番勝負」第二夜。桃太郎師匠を見るのはこれがはじめて。訥々とした語り口で客の反応を見ながら次々と小ネタを繰り出す枕にぐいぐいと引き込まれる。そのままのノリで『金満家族』に突入。金が余り過ぎて困っている家族の夕食風景を描いた恐ろしくナンセンスな新作落語だが、途中の味噌汁をすする動作の表現などは見事な名人芸。現実と非現実の激しいギャップをひょいひょいと超えてゆく様子がなんとも軽妙だ。続いてゲストの柳家喬太郎師匠による『禁酒番屋』。師匠の声の良さが武士言葉で大いに際立つ。番屋役人の過剰なへべれけぶりに大笑いしつつ、古典の文脈に現代的な狂気を埋込む手法の巧みさに唸らされた。仲入と両師匠の対談を挟んで、桃太郎師匠の『御見合中』。こちらも新作落語。先刻に負けず劣らずの馬鹿馬鹿しい掛け合いの応酬に爆笑したり思わず引いたりの繰り返し。この正しく都会的なお笑いは、今や60代以上の人にしか演じられないだろうし、テレビの押し付けがましい一発芸に慣らされてしまった世代には理解することすら難しいかもしれない。また時代が一巡するまでの間、桃太郎師匠にはぜひとも頑張ってもらいたいと切に思う。

8/18。松戸市民会館で「柳家小三治独演会」。少し遅れて会場に着くと、柳家禽太夫師匠の『蜘蛛駕篭』が中盤に差し掛かったところ。キレのある江戸言葉が魅力的。これはちゃんと最初から聞かせていただくべきだった。要チェック。小三治師匠は唱歌・青葉の笛にまつわる長大な枕から『宗論』へ。真宗の親父vsカトリックの息子のいかにもステロタイプで間抜けな掛け合いに爆笑。仲入を挟んで、前の根多を枕さながらに、小三治師匠はいきなり『こんにゃく問答』を始める。終盤の問答でのジェスチャーや表情が面白過ぎてお腹が痛くなってしまった。キリストも仏も笑い飛ばして終了。師匠ならではのとぼけた味わいと、その場の空気の震えまで感じさせるようなデリケートな表現を久しぶりに堪能させていただいた。

8/26。三鷹市芸術文化センター星のホールで「柳家喬太郎独演会」。最後列ではあったものの、250の座席には十分な傾斜がとられておりステージが非常に見やすい。ここで喬太郎師匠の『死神』を見ることが出来たのは幸せだ。ベースとなる根多に細かな設定や登場人物の揺れ動く感情を描き加えた『死神』は極めてオリジナリティが高く、ぞっとするほど映像的だった。仲入を挟んで柳亭左龍師匠の『青菜』。流麗な語り口。表情が実に豊かで楽しい噺家さんだった。要チェック。続いての喬太郎師匠は新作落語『ハワイの雪』。お爺ちゃんと大学生の孫娘、お爺ちゃんの昔の恋人と力自慢のライバル、と言った人物設定やエピソードが絶妙に無理だったりリアルだったりして抱腹絶倒。「地獄に堕ちろ!」のところでは危なく笑い死にしそうだった。幕切れはそれまでの展開が嘘のように切なく、静かで美しい。思わず泣けた。聞きしに勝る名作。

September 9, 2007 10:00 AM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ : 落語初心者のメモ 2007年7月

7/12。銀座ブロッサムで「大銀座落語祭」初日。第1部はコント劇団、ザ・ニュースペーパーのスペシャルライブ。テレビでは放送不可能であろう際どい政治ネタの応酬に爆笑しつつも時折冷や汗をかいたり感心したり。これほど骨太で、丁寧に練り上げられたコントを目の当たりにするのは十数年ぶりではないか。恐ろしくカッコいい芸だ。こりゃまた拝見しなくちゃ。
第2部は桂ざこば桂南光桂雀々三人会。この三師を東京で揃って聞くことが出来るとはなんたる幸せ。最初に登場した雀々師匠の演目はなんと『代書屋』。しかも「ポンでーす」のバージョン。さすがに少々緊張の面持ちではあったが、枝雀落語の継承者としての覚悟を感じさせる高座に笑い泣き。南光師匠は『ちりとてちん』。独特の枯れた声質と柔らかな口調が上方落語のトーンを際立たせる。カラフルな表情に枝雀落語の面影を見てまた泣き笑い。ざこば師匠は『遊山船(ゆさんぶね)』。お馴染みの怒り顔と素っ気無い枕が嬉しい。お囃子を取り入れての華やかな演出は上方落語ならでは。時折大阪ことばの解説を織り交ぜながら、素晴らしくテンポ良く聞かせる。そのサービス精神と技の凄みに心打たれた。
第3部は立川志の輔の会。『柳田格之進』をたっぷりと。抑制された展開の中で、師匠ならではの緻密な人物描写が見事に際立つ。もう言うこと無し。ただ感涙。

7/18。よみうりホールで「談志・志らく親子会」。最初は立川志らく師匠の『片棒』。映画ネタ、懐メロネタを軸に据えた大胆なアレンジと目まぐるしい展開が圧倒的。続いて立川談志師匠の『木乃伊取り(みいらとり)』。『木乃伊取り』を師匠で聞くのは2度目だが、印象は前回とは全く別物。特に間にお囃子を入れての関西風の演出と、サゲの意外なアレンジには驚いた。途中一度噺に詰まる場面はあったものの、座布団から転がり落ちたりしながらの(「弟子の前でやる芸じゃねえなあ」には笑った)熱演。久々に師匠ならではの鋭さを感じさせる嬉しい高座だった。仲入を挟んで志らく師匠の『茶の湯』と『浜野矩随(はまののりゆき)』を立て続けに。こうした聞かせ方は実に楽しく、志らく師匠らしい。ようやく私たちなりに志らく落語の楽しみ方が分かってきたかも。いや、まだまだ甘いな。

7/20。紀伊國屋サザンシアターで「桂文珍大東京独演会vol.1」。ビデオ上映を開口一番にかえて文珍師匠の登場。先ずはお馴染みの小咄『マニュアル時代』でタイムリーな時事ネタを織り交ぜつつ客慣らし。続いて柳貴家小雪師匠の水戸大神楽。変わらぬ芸の安定感と美しく切れのある所作が素晴らしい。再登場の文珍師匠の演目は『らくだ』。大阪ことばでの『らくだ』を聞くのは初めて。豹変するくず屋の丁寧な描写には大いに笑いながらもぞっとさせられるものがあった。この凄みもまた文珍落語か。仲入を挟んでは桂米左林家うさぎ林家市楼の三師による大阪・天神祭りのだんじり囃子の演奏。重厚で複雑なリズムが超クール。二丁鐘(すり鐘)の響きに汎アジア的な雰囲気がある。トリは文珍師匠の得意演目の中でも私たちが最も好きなもののひとつ『商社殺油地獄(しょうしゃごろしあぶらのじごく)』。見事な老松の描かれた鏡板を背に、途中お囃子を従えての豪華バージョン。何度聞いても抱腹絶倒の傑作。

7/31。紀伊國屋ホールで「第三回黒談春」。黒談春は立川談春師匠によるマニア向けの会。最初は謎の前座・春作さん(眼鏡をかけた談春師匠)の『力士の春』(春風亭昇太師匠の新作)とそのパロディ『噺家の春』を立て続けに。力の抜けまくった棒読みっぽい口調が妙に可笑しい。『噺家の春』の内容はかなりマニアックで、落語初心者の私たちには半分くらいしか分からなかったが、全部分かりたいような、分かりたくないような。それにしても斬新な演出だなこりゃ。続いては着替えを挟んで談春師匠による根多おろしの『質屋庫(しちやぐら)』。しつこいくすぐりが延々続く展開のためか、東京ではあまりやる人が居ないとのことだが、力量によっては大ネタに化ける演目。私たちは以前桂歌丸師匠で聞いたことがあるがそれはもう見事なものだった。談春師匠は笑福亭仁鶴師匠の演出を下敷きに、得意の流麗な江戸ことばであえて淡々とよどみなく聞かせる。仲入に続いて登場した談春師匠は「会場に録音している奴が居るらしい」と凄むといきなり三遊亭圓朝作の怪談『真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)/豊志賀(とよしが)』へ。これも根多おろし。途中、枕代わりとばかりに嫉妬にまつわる打ち明け話を挟んで笑わせつつ、これまた流れるような口調で語り終える。『質屋庫』といい、師匠の話芸の卓越ぶりと今後の可能性とを同時に感じさせる高座だった。

August 6, 2007 6:00 AM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ : 落語初心者のメモ 2007年6月の残り

時間があれば落語の日々。しかし見れば見るほど、落語に接することは落語家という人間そのものに接することに相違無いと思う。分かった気になることはできても、実際は分からないことだらけ。どうやら「落語通」には一生なれそうにない。デザインもまた然り。

6/14。武蔵野市民文化会館で「桂歌丸笑福亭鶴瓶林家正蔵 夢の三人会」。最初は鶴瓶師匠。赤茶地に大胆な黒い雪輪柄の着物が素晴らしくカッコいい。上方の落語家には伝統的にお洒落な方が多いのだろうとは思うが、中でも師匠はトップクラスではあるまいか。演目はお馴染みの『青木先生』。以前青山で聞いた時とは違い、静かな幕切れが切なさを残す。仲入を挟んで正蔵師匠は『悋気の独楽(りんきのこま)』。師匠お得意の可愛らしい丁稚が印象的な好演。トリは歌丸師匠による左甚五郎もの『ねずみ』。見事な語り口とキレの良いサゲにシビれた。

6/15。赤坂区民センターで「第7回夕刊フジ平成特選寄席」。ホールとその周辺施設のインテリアデザインは1995年に近藤康夫氏が出掛けている。オーバル形の天井造作が特徴的。コンパクトな空間には傾斜がたっぷりとられており、ステージが非常に見やすい。
最初は三遊亭遊馬さんの『酢豆腐』。噺と動きのテンポが抜群に良く、豊かな声量が生きる。久々の爆笑落語だった。ブレイクの予感。続く柳家喬太郎師匠は池袋と今は無き東横線高島町駅への熱い思いを延々と。「前座さん、今日のネタ『高島町』でいいから」のところではお腹がよじれて死ぬかと思った。長大な枕に連なる演目は『諜報員メアリー』。凄まじいまでのナンセンスさ。衝撃的。仲入を挟んでの林家彦いち師匠は『熱血怪談部』。お得意の体育会系な語り口からは意外なサゲのシュールさが妙に味わい深い。トリは立川志らく師匠。激しい新作が二人続いた後に選んだ演目は、古典の中でも一際アクションが需要となる『愛宕山』。師匠らしく息つく間もなく一気に演じ切る。ある種異様な盛り上がりの楽しい会だった。

6/19。なかのZEROホールで「立川志の輔独演会」。落語向きとは言い難い大きなホールで、少々風邪気味だったとは言え、久しぶりに見た志の輔師匠の落語はやはり格別。丹念につくり込まれたディテールが実に楽しく、それを追ううちに巨大な重力に捕われるがごとく、ぐんぐんと噺の世界へと引き込まれる。演目は番頭さんの暴走ぶりが印象的な『千両みかん』と、愛すべきダメキャラクターの演じ分けが楽しい『へっつい幽霊』。

6/28。保谷こもれびホールで「桂歌丸独演会」。演目は『お見立て』と『白木屋』。特に『白木屋』は素晴らしかった。江戸落語の開祖とされる初代三笑亭可楽作の三題噺。定八の転落までの芝居掛かった展開、裁きの場での東海道五十三次をもじった申し開き、そして軽妙な駄洒落でのサゲが師匠ならではの流麗な口調で語られる。これが堪らなくいい。白木屋は日本橋に実在した小間物・呉服店で、現在の東急百貨店にあたる。

7月の分はまた今度。

August 3, 2007 8:00 AM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ, 身体と空間の芸術 : 落語と歌舞伎と二人喜劇

先月から6/11までの間に見たイベントについての簡単な覚え書き。

5/7。東京国際フォーラムで 「特選落語名人会」。出演は春風亭小朝林家たい平立川談春の三師。
開口一番・三遊亭歌ぶとさんの『道具屋』に続いて、いきなり小朝師匠の登場(普通どう考えても出番はトリだ)。この会はちょっと特別かもしれない、と予感。で、これまたいきなりの『浜野矩随(はまののりゆき)』。実在した江戸の名工を主人公とする講談がベースの大ネタだが、ここは軽妙に聞かせる。流石。そう言えば小朝師匠の古典を聞いたのはこれが初めてだ。
仲入を挟んでたい平師匠。『明烏』とまたもや大きな演目。吉原を舞台に商家の坊ちゃんが活躍、と来ればそれはもう師匠の持つ品と色気が最高に際立つ。野球ネタやドラえもんネタを挟みつつ、爆笑の中に爽やかさな後味を残す。
と、すでにお腹いっぱいのところでトリは一番若い談春師匠。「ジャンケンで負けた」、「イジメだ」、とボヤきながらも衣装は羽織袴と気合い十分。演目は『妾馬』の上(八五郎出世)。母親のキャラクターに若干の弱さを感じたものの、八五郎のガラの悪さとダメっぷりがなんとも魅力的。ハマり役だ。一見浮世離れして見える城の住人たちが八五郎のセリフに思わず涙を流すところでは、私たちも号泣。幕が降りる瞬間、談春師匠が客席に向かって拍手をする姿が見えた。ああ、今日は凄い会を見たんだな、と確信。

5/13。よみうりホールで「桂文珍独演会」。文珍師匠の会は一年ぶりくらい。演目は『マニュアル時代』と題した小噺、『天神山』と『七段目』。
とりわけ印象的だったのはこの日初めて聞いた『天神山』。内容は至ってシンプルでナンセンスだが、師匠の上品な語り口と、切ない狐の歌でのサゲが深い余韻となって心に響く。芝居台詞とお囃子を絶妙に織り交ぜながらの『七段目』は何度聞いても最高に楽しい。

5/23。歌舞伎座で「團菊祭五月大歌舞伎」昼の部。演目は『泥棒と若殿』、『勧進帳』、『与話情浮名横櫛(よはなさけうきなのよこぐし)』の二場(木更津海岸見染の場、源氏店の場)と『女伊達』。歌舞伎を見るのはこの歳にして初めてのこと。落語の簡素さや生々しさとは対極的な、仕掛けと約束事の巨大な塊。その細部に役者の個性が時折こぼれるようにして露になる様子が興味深かった。
名優揃いの豪華なプログラムの中でも、市川海老蔵氏のセクシーさと存在感は群を抜いていた。こりゃ多少の悪さはしょうがないな、と納得。

6/1。世田谷パブリックシアターで「びーめん生活スペシャル」。小松政夫イッセー尾形両氏の二人喜劇。
はっきり言って、小松の親分さんを生で見ることができるだけで涙が出るほど有り難いのだが、その内容は期待をはるかに上回る鮮烈さ。親分さんが尾形氏の作法に従って舞台の袖で観客の眼にさらされながらの衣装替えをすることにも驚いた。終止神経質そうな表情で下目使いのまま鬱々と狂気を発散する親分さんに対して、容赦なくツッコミを入れつつ(イッセー尾形のツッコミ!!)時たま意表をつく展開を持ち出して舞台を翻弄する尾形氏。ねじれた構図が強烈な可笑し味に満ちた空間を出現させる。そのシュールさは『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』(1976-79)でさえ到達しなかった地点にあるのではないかと思われた。こ、これはぜひともまた見なくては。親分さん、どうぞお達者で。

6/11。イイノホールで「立川談春独演会」。ここは素晴らしく舞台の見やすいワンスロープのホール。しかも座席は中段の真ん中と絶好の位置。おかげで談春師匠の細かな表情をしっかりと見て取ることができた。
藤原・陣内カップルを『紺屋高尾』に例えたりしつつ、結婚にまつわる心理を毒舌に次ぐ毒舌で茶化して大いに笑わせた枕に続き始まったのは『厩火事』。上記の会では「もしかして女性を演じるのは苦手なのかな?」と思ったのだが、この日のおさきさんの江戸っ子の年増女ぶりは素晴らしかった。得意のマシンガントークが可笑し過ぎて涙。怠け癖があって口の悪い八五郎が思わぬ優しさを見せるところで盛り上がりは最高潮。いい話しになりかけて感涙したところでストンと落とす。この展開だと結局のところ八五郎の本心がどうなのかは謎のまま。粋だ。
仲入に続いて『らくだ』を火屋までたっぷりと。後半は駆け足となったが、丁目の半次の描写は実に凄まじく、それでいて魅力的だった。

June 13, 2007 10:00 AM | trackbacks (1) | comments (0)

日々の生活と雑記, 落語初心者のメモ : 鈴本演芸場

4/13。花緑まつりの幕が上がる前の鈴本演芸場。元浅草に引っ越してからまる2年が経とうとしているが、寄席を訪れるのはこれがはじめて。

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ステージも客席もぎゅぎゅっとコンパクト。親密な間合いが新鮮だ。なるほど、これが鮨詰めと言うやつか。

客席の傾斜はゆるく、前に客が居るのと居ないのとでは、眺望が天と地ほど違う。私たちは後半ずっと頭を横に傾けながら見ていたので、さすがに首が痛くなった。また、幸いこの日は何の問題も無かったが、最近の寄席では客のモラルの低下が問題視されているらしく、高座の最中に携帯電話が鳴るのはザラで、フラッシュが光ることさえ珍しくないようだ。もともと寄席や演芸場と言うものはゆるいシステムの中で客側の質と常識を頼りに運営されるだけに、こうした風潮は致命的になりかねない。

有名落語家の高座がテレビか大ホールでしか見られなくなる日も近い。それまでに間に合えばぜひこうした落語や演芸の打てる小劇場を設計してみたいものだ。今は機会をつくってなるべく多く、この雰囲気を楽しんでおくことにしよう。

鈴本演芸場

April 21, 2007 10:00 AM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ, 身体と空間の芸術 : 中目黒系と人情噺

コーネリアスと花緑師匠。

4/5。CORNELIUS GROUP(小山田圭吾(Gt),あらきゆうこ(Dr&Fl),清水ひろたか(Gt&Bs),堀江博久(Key&Gt))のライブを見に渋谷AXへ。“SENSUOUS SYNCHRONIZED SHOW”のタイトルを与えられたステージは、4人の演奏とその背後一面の映像スクリーン、そしてフルカラーLEDを用いたライティングが見事にパッケージされたもの。カラフル。完璧。特に映像の素晴らしさは際立っていた。早くソフト化されないものか。
観客の年齢層はわりと高めで、まるで旧知の知り合いを見守るような、独特な暖かさのある落ち着いた雰囲気が心地良かった。かつてロリポップソニックだった人が、まさかこれほど強靭なオリジナリティを獲得し、『point』『sensuous』のような傑作を生み出すとは世の中分からないものだ。歳をとるのも悪くないな。

CORNELIUS


4/13。鈴本演芸場4月中席夜の部へ。この日の鈴本は開席百五十周年記念特別公演として、『花緑まつり』と銘打ったプログラムが組まれていた。台所鬼〆さん『金明竹』、林家二楽師匠の紙切り、林家彦いち師匠『みんな知っている』、柳亭市馬師匠『一目上り』、林家たい平師匠『あくび指南』、翁家勝丸さんの太神楽曲芸、橘家圓太郎師匠『馬の尾』、林家正蔵師匠(この時はまだ祝儀隠しはバレていなかった)『豆腐小僧』で仲入り、と言う贅沢さ。皆さん素晴らしかったが、個人的に一番シビれたのはたい平師匠。あざとい顔芸でもやらない限りあまり笑いどころの無い地味めな演目を、なんとも味わい深く、かつ上品に演じられていた。
最後はいよいよ柳家花緑師匠の『子別れ』。上・中・下を通しでたっぷりと。くすぐるような笑いを散りばめながらの情感のこもった人情噺に何度も涙。明らかにこの日の花緑師匠は以前曳舟で見た時とは次元の違う輝きを放っていた。仲入り後の時間を独り占めできたことも功を奏し、そこには完成された骨太な世界がかたち作られていた。
おそらく落語家・花緑師匠の魅力は“語り部”としての無二の資質にあるのではないか。演じる人の生き方そのものが反映されるのも落語なら、噺の持つ可能性を最大限に引き出すのもまた落語なのだろう。表現する行為の持つ様々な側面とその奥深さについて、思わず考えを巡らせた。

柳家花緑(Wikipedia)

April 20, 2007 4:00 PM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ, 身体と空間の芸術 : 落語と一人喜劇

1、2月はなぜか落語を見る機会が少なかったが、今月は3本。加えてイッセー尾形の一人喜劇。

3/9。立川志らく独演会を銀座ブロッサムへ見に行った。昭和の三大名人に挑戦と銘打った高座での演目は『心眼』、『お直し』と『双蝶々』。どれも陰惨な内容の噺をどれだけ陽気に演じられるか、というのがテーマ。
志らく師匠の落語を見るのはこれが初めて。若干くぐもった言葉使いと、時折突発的に時事ネタを交えたりしながらの軽妙な話芸に独特の味わいがある。その場では大いに笑いながらも、後にはしんみりと重たい気分が残された。この感じはペドロ・アルモドバルか、北野武の映画を見た後にちょっと似ている。機会があれば志らく師匠の創作落語もぜひ見てみたい。

立川志らく

3/13。柳家花緑・林家たい平二人会を曳舟文化センターへ見に行った。
たい平師匠の演目は『お見立て』。お大尽を上手く騙そうとする喜助どんの芝居振りがみるみるエスカレートする様子があまりに見事で、お腹が痛くなるほど爆笑。たい平師匠の落語を見るのは昨年11月以来2回目だが、モダンで品格ある話芸に改めて感銘を受けた。今度は独演会を見なくちゃ。
花緑師匠を見るのは初めて。『不動坊』は以前に桂文珍師匠で見たことのある演目。両者を比較しながら興味深く拝見した。まだ独自の世界観を持つには到っていない印象ではあったが、仕草、動作の表現の仕方など抜群の演劇的上手さには見るものを引き込む力がある。今後が楽しみ。

林家たい平
柳家花緑(Wikipedia)

3/15。赤坂レッドシアターの『イッセー尾形のとまらない生活 2007 in 赤坂』10日目へ。イッセー尾形氏の公演にはここ1、2年プレリザーブに申し込んではハズれっ放し。念願かなって小さな劇場で見ることのできたステージは、想像をはるかに上回る洗練性と、アヴァンギャルドさを兼ね備えたものだった。この日最初に演じたのはムード歌謡グループ・東京ナイツの老齢のバンマス。大道具無し、BGM無し、照明効果無しの舞台にキャラクターが克明な姿を持って立ち表れ、その瞬間ステージは錦糸町のホテルのラウンジとなる。以降、数本の演目の間に幕は無く、尾形氏が舞台の脇で観客の眼にさらされながら着替えとメイクを行うことにも驚いた。なんと凄まじい喜劇か。

イッセー尾形

3/17。春風亭昇太・立川談春二人会を町田市民ホールへ見に行った。
初めて見た談春師匠は『大工調べ(上)』。高座の前にマッサージを受けて力が抜けたので、と与太郎の登場する噺を選んだそうだがどうして、凶悪で小賢い与太郎は実に個性的。長屋の大家との交渉でブチ切れた棟梁の啖呵はまさしくマシンガンのスピードと重量感。以前に小三治師匠で見たものとはまるで別物の『大工調べ』に談春落語の片鱗を見せていただいた。ぜひ独演会を見たいが、全然チケットが取れないんだよなあ。。。
昇太師匠を見るのは2度目。演目は『愛宕山』。小判欲しさに荒唐無稽な大暴れを見せる太鼓持ちのキャラクターはまさに師匠のハマり役。

春風亭昇太(Wikipedia)
立川談春

March 31, 2007 1:00 AM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ, 身体と空間の芸術 : 落語とダンスと映画と音楽

怒濤の年末年始も2月に入ってようやく終息を迎えつつある。11月時点で4つあった仕事は、ひとつが完成し、ふたつが途中で無くなり、またひとつ増えた。現在は店舗と住宅の現場が同時進行中。

以下はそんな状況下で無理矢理時間をつくって見に行ったイベントなどの簡単な覚え書き。

12/12。柳家小三治独演会を銀座ブロッサムへ見に行った。教育問題を枕に会場を大いに湧かせた後の演目は『大工調べ』。与太郎の間抜けぶりが最高だ。家主との口論の場面で終了。
中入りを挟んで『小言念仏』。最初の枕がかなり長かったため、こちらは手短に。独特の間合いで十二分に笑わせていただいたが、もう少し聞きたかった気も。また別の機会を楽しみにしよう。

柳家小三治(Wikipedia)

12/16。勅使川原三郎『ガラスの牙』を新国立劇場へ見に行った。ステージは大量のガラスの破片を敷き詰めたふたつのエリアと、その周辺で展開される。以前に見た『KAZAHANA』(2004)や『LUMINOUS』(2001)に比べると、セットもライティングもつくり込み自体はシンプルだが、ガラスの反射光の使い方が実に巧み。空間全体の表情が繊細に、刻々と変化する光景を目の当たりにして思わず息を呑む。
ダンスのテンションの高さはさらに強烈だ。特に勅使川原氏のソロパートは凄まじく、空恐ろしいほど。他のパートでのマイクを通した囁き声や叫び声、ひょっとこ踊りのようなユーモラスな動きも印象に残った。

karas / saburo teshigawara

1/3。TOHOシネマズ錦糸町で『鉄コン筋クリート』を見た。果てしなく重層する背景画によって作り上げられた世界と、その中を自在に飛び回り、加速減速するキャラクターたち。これは2Dアニメの限界を突破した21世紀の絵巻物語だ。
声優陣も、Plaidによる音楽も素晴らしい。演出的には終盤クロの精神世界を描くシーンが個人的に今ひとつ感情移入し辛かったが、他のまとめあげ方は見事。原作の感動を削ぐこと無く、質の高い映像作品となっている。
しかし最後の最後に流れるアジカンは最低。明らかに蛇足で、映画を汚している。

鉄コン筋クリート

1/8。スターパインズカフェで近藤等則 ULTRA SESSIONS 2007 VOL.1の3日目を見た。正確無比な湊雅史のドラム、自由な展開を生み出す高田宗紀のターンテーブル、そしてメンバーを煽り、轟音を繰り出すレックのベース。ジャンル分け不能なグルーブを漂い、時に金切り声を上げるエレクトリックトランペット。フロアも終止大変な盛り上がり。
この日の近藤氏は心底楽しそうだった。20年ほど前に何度かみたIMAのライブではあり得なかったことだ。彼が日本のオーディエンスに失望して渡欧し、メジャーレーベルでは作品を発表しなくなってからずいぶん経った。おそらくその間に時代は変わったのだ。
年始早々凄いものを見た。幸先いいぞ。

近藤等則(Wikipedia)

February 9, 2007 3:00 AM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ, 身体と空間の芸術 : ダンスと落語とポルトガル音楽

ここのところlove the lifeとしてはかつてない忙しさ。クライアントの異なるちいさな仕事がいくつも同時進行していると、常に頭を使いっ放しの状態となり、作業を外注することが難しい。まさに孤軍奮闘(2人だけど)。一杯いっぱいとはこういうことか、などと思ったりもするが、今のところどの仕事もそこそこ楽しくやらせてもらっているので気分は良い。来週あたりにはそうも言ってられなくなるだろうけど。

さて、そんな状況下でも以前からチケットを取っておいたホールイベントにだけは足を運んでいる。以下はその内容についての覚え書き。

11/26。フィリップ・ドゥクフレ『SOLO』を天王洲・銀河劇場へ見に行った。
フィリップ・ドゥクフレ氏は一般的にはアルベールヒル冬期オリンピック開閉幕式の演出を手がけたことでよく知られるフランスの振付・演出家。氏のステージを実際に見るのはこれがはじめて。
フィリップ・ドゥクフレ氏と言えば奇抜なコスチュームとアクロバティックな演出、といったイメージが強いが、『SOLO』に登場するのはほとんど本人のみ。ダンスとそのライブ映像にビデオエフェクトを組み合わせての演出は、極めてシンプルながらまるで万華鏡を覗くかのように多彩なものだった。途中展開されるのは自身の生い立ちや家族を写真で紹介するパートと、それにまつわるエピソードから着想を得たパート、氏の身体表現のルーツである新体操の爆笑もののパロディや、尊敬するバスビー・バークレー(ミュージカル映画監督)へのオマージュなど。四十代も半ばを迎えたダンサーが、文字通り全身全霊をかけた貴重なパフォーマンスは、ダンスを見たと言うよりもエッセイか私小説を読み終えたかのような、不思議な印象を残した。

Cie DCA (Philippe Decoufle)

11/29。にっかん飛切落語会第308夜をイイノホールへ見に行った。演目は三笑亭亀次『道灌』、林家たい平『二番煎じ』、桂歌丸『井戸の茶碗』、桂快治『笠碁』、立川志の輔『Dear Family』。
たい平師匠を見るのは初めてだったが、正直、あんなに品格のある落語家だとは全く想像していなかった。今後はしっかりチェックさせていただかねば。歌丸師匠の演目は身分の違う2人の武士が正直者の屑屋を介して奇妙な縁で結ばれる人情話。美しい江戸弁が冴え渡り、可笑しくも心温まる。快治さんの芸は静かだが洗練されている。この人は大化けするんじゃないか。トリの志の輔師匠(やはり見るのは初めて)は現代ものの創作落語。セリフそのものは核家族にいかにもよくありそうなものだが、絶妙に練り込まれたシュールな展開と師匠の素晴らしく良く通る声が、狂気と爆笑の波動となって観客席を包み込む。凄いものを見た。

12/7。マドレデウスのコンサートをオーチャードホールへ見に行った。ポルトガルの5人ユニット。2本のクラシックギターとアコースティックベースとシンセサイザー、そしてテレーザ・サルゲイロの神懸かり的なヴォーカル。透きとおるようなハイトーンヴォイスをファド(ポルトガルの歌謡)特有のビブラートが揺らす。これ以上何も言えない。号泣。

Madredeus
MADREDEUS unofficial website

December 16, 2006 3:00 AM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ : 談志ひとり会 - 秋冬三夜・2006/11/13

11/13。『談志ひとり会 - 秋冬三夜』の第二夜を見た。国立劇場演芸場はこぢんまりとしたいい会場だった。しかしアプローチに華やかさのかけらもないのが勿体ない。

この日の立川談志師匠は声の調子がかなり悪いようだった。この三年くらいの間に何度か見た高座の中でも、これほど辛そうな状態を見るのは初めてのこと。ご本人曰く「自殺しないので精一杯」。それでも『つるつる』で演じた太鼓持ちの、軽薄でしかも奥行きのある人物像は素晴らしく味わい深いものだった。こうした卓越した表現としみじみとした感覚は、やはり近年の談志師匠ならではのものだ。
仲入りをはさんでの『青龍刀権次』は講談がベース。ある事件を目撃してしまったばかりに牢屋と娑婆を行き来するはめになる運の悪いちんぴらのエピソードが、江戸末期から明治初期の時代の移り変わりを背景に、淡々と語られるのが印象的だった。

全体に談志師匠の芸を見る上では十分な内容ではあったものの、過去に見た高座のような研ぎ澄まされた空気感はそこには無かったと言わざるを得ない。聴衆を前にして満足な芸を見せることができないことの辛さ、もどかしさは相当なものだと思う。この至芸を見ることができるチャンスはもう数少ないかもしれない。

公演のパンフレットに載せられた談志師匠の愚痴まじりのコメントに面白いくだりがあった。曰く、立川流の落語はその内容こそ現代的・個性的にアレンジしてはいるものの、発声については伝統のトーンが残されている、とのこと。トーンの違った落語はもはや落語と呼ぶには怪しいが、確実に落語は変わり、立川流は大衆から浮いてしまった、とこぼしている。
芸は世につれ。愚痴を額面通りに受け取るつもりはないが、一見アヴァンギャルドな立川流にこそ伝統が色濃く残っているのだとすれば、落語を見る側としても考えさせられるものがある。

何を持って「伝統」とするか、と言う問題は、デザインの現状においても重要なんじゃないか。

立川談志
立川談志(Wikipedia)
立川談志独演会・2004/5/28
立川談志独演会・2005/1/22
談志VS文珍ふたり会

November 17, 2006 6:00 PM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ : 桂三枝独演会 4/23/2006

4/23。よみうりホールへ桂三枝独演会を見に行った。構成と演目(全て三枝師匠の創作落語)は下記の通り。

桂三若『待合せ』
桂三枝『妻の旅行』
桂三歩『国技・インターナショナル大相撲』
桂三枝『宿題』
中入
桂三枝『涙をこらえてカラオケを』

三枝師匠の近作の凄さは「いかにも面白そうなこと」を全く喋らないところにあるように思う。登場人物の会話はほとんど関西人の日常のなかに普通にありそうなものばかりだ。ところが、三枝師匠の手にかかると、その一見なんでもなさそうなやり取りの中から次々と爆発的な可笑しさが紡ぎ出される。
いささか短絡的に過ぎるかもしれないが、おそらくこの不思議な魅力に満ちた独特の話芸は、師匠が長年素人相手のテレビやラジオ番組で活躍する中で培った鋭い人間観察眼があってこそ成り立つものではないかと思う。この日の演目の中でも特に『妻の旅行』と『宿題』は、未来の古典と呼ぶにふさわしい風格を感じさせるものだった。

なんでもない日常の中からさりげなく可笑しさを取り出してみせる、という創作行為には、落語のみならずデザインの本質にも通ずる部分があるように思えてならない。さて、果たして私たちは未来の古典とされるような作品を生み出し得ているだろうか。

カフェテリアのマスターと心配性の男性客との会話で展開する『待合せ』は三若さんの芸風にマッチした軽妙な演目。三歩さんの『国技・インターナショナル大相撲』はほとんど駄洒落ばかりで残念ながら今ひとつ。ところでお囃子の代わりに関西ローカルTV番組のジングルみたいなBGMが流れるのは三枝師匠の会らしい演出かもしれないが、慣れるのはちょっと難しいなあ(笑)。

席亭桂三枝のいらっしゃーい亭

April 25, 2006 4:00 AM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ : 談志VS文珍ふたり会

談志VS文珍ふたり会

9/10。東京芸術劇場へ『東西落語名人会/立川談志・桂文珍』を見に行った。老齢に入った東の名人と、今や誰もが突出した実力を認める西の天才との夢の競演。

立川志ら乃さんの『真田小僧』に続いて先ずは文珍師匠が登場。タイムリーな選挙の話題(東京芸術劇場のある場所は小池百合子氏が出馬した東京10区にあたる)を枕の中心に据えて、「談志師匠はまだ見えておりません。ま、いつものことなんですが。」と楽屋ネタも交えつつひとしきり盛り上げた後、始まった演目は関西落語のスタンダード『舟弁慶』。これがもう素晴らしかったのなんの。文珍師匠一流の美しくもファンキーな大阪ことば、キレの良い展開、チャーミングな仕草などなど、どこをとってもまさに絶品。今までに何度か見た師匠の落語の中でも最高の高座のひとつだった。

いきなり文珍落語の真骨頂をこれでもかと見せつけられた後、中入りを挟んで文珍師匠が再度登場。枕の途中で談志師匠がまだ楽屋に現れないことをバラしたところで客席の出入口から大きな声がかかった。これが談志師匠。いかにもらしい登場の仕方に会場は大ウケ。
文珍師匠の演目は創作落語『老楽風呂』。メインディッシュ後のデザートという感じの軽めの演目。以前に一度聞いた時よりもスーパー銭湯に登場する老人のキャラクターが強力に描かれ、テンポの良い展開。爽快な印象とともに高座を後にする文珍師匠。

で、いよいよ談志師匠の登場。「文珍があれだけ笑わせたんだから」というわけでいつもの小咄はそこそこに落語と狂気にまつわる持論をはなしはじめた。そして突如はじまった演目は『居残り左平次』。遊郭の勘定を煙に巻いたあげく大金をせしめて去ってゆく主人公・左平次の強烈なキャラクターはまさしく“狂気”をテーマにするにはもってこいだ。
ところがなんと談志師匠は途中うっかりはなしを抜かし、展開の順序を入れ替えて無理矢理通してしまう。図らずも(もしかするとわざとだったのか?)そのことがこの演目の持つ不条理さとナンセンスさを増幅していたように思われてならない。

なんとも言えない新鮮な感覚が残された後、文珍師匠が三たび登場し、談志師匠とふたり並んでのトーク。談志師匠は先ほどの枕での話題をさらに展開させ、「どこまでもドライで、全ての感情表現の裏にまた別の感情が存在するような落語を演りたい。できるような気がする。」と語る。「ご立派な病気だと思います」と笑顔で受け流す文珍師匠を談志師匠が「妖怪のようだ」と評していたのが印象的だった。

ただの失敗か、名人ならではのひらめきか。おそらくこの日の談志師匠の高座の評価は人によって真二つに分かれるだろう。少なくとも私たちは貴重でスリリングな体験ができたことを幸運だと思った。文珍師匠の至芸がますます研ぎすまされてゆくことも楽しみなら、枯れてなお新しい境地を目指す談志師匠の落語も一層楽しみだ。

立川談志
桂文珍 (geinin.jp)

September 15, 2005 5:59 AM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ : 桂枝雀七回忌追善落語会

3/28。歌舞伎座に『桂枝雀七回忌追善落語会』を見に行った。

南光師匠を中央に据えての枝雀一門による口上の後、先ずは雀三郎師匠の『時うどん』。シンプルなことこの上ない噺の流れにねちっこいギャグがこれでもかとばかりに投入されたサービス満点の熱演。おかげですでに落語満腹中枢が刺激されつつあった観客の状態を察してか、続いて登場したざこば師匠は予定されていた演目をやめて家庭生活への愚痴と兄弟子である枝雀師匠への愚痴をたっぷり喋って下さった。これがもう異常に可笑しいのだ。ずーっと怒り口調で喋り続けて、あれだけ観客を喜ばせ、爆笑させられる人は他に居ないのではあるまいか。なんとも凄い芸だ。

続いてはいよいよ米朝師匠(枝雀師匠の師匠)の登場。パンフには“お楽しみ”と書かれていたので、小咄でさらりと切り上げるのかな?と思っていたのだが、ご本人曰く、体調によって何が出来るか(そもそも出演できるのかどうか)分からないご高齢のためそういう書き方にしてあるそうで、「何も楽しいことなんかあらしまへん」とのこと(もちろんここは笑うところだ)。そして嬉しいことに『鹿政談』を聞かせて下さった。さすがに途中何度か噺の詰まるところがあって、はらはらしたりもしたが、往年の美しい話芸を十分に彷彿させる一席だった。生で見ることが出来て本当に良かった。

中入り後、舞台上のスクリーンに枝雀師匠が登場。『枝雀寄席』(朝日'79-99)オープニングでのトーク。一気に懐かしさがこみ上げた。続いて南光師匠を司会に森末慎二氏、司葉子氏、早坂暁氏をゲストに迎えてのトーク。そしてついに、この日実は一番楽しみにしていた柳家小三治師匠が登場。とつとつとした、いや、余白の多い、と言うべきか、独特の口調で遠方のライバルであり同士であった枝雀師匠の思い出を丁寧に噛み締めるように語るまくら。もういきなり感動で涙目の私たち。するとしんみりした空気を振り払うように、小三治師匠は『一眼国』をはなし始めた。やはりトーンを抑えた言葉や仕草、表情。そこから観るものの想像を促すわけだが、ゆったりとした間合いの取り方が何しろ絶妙。余白もその使い方次第で噺に遊びを与えるものにもなれば、緊張感を与えるものにもなることを思い知らされた。乗せられ易い私たちなんかは草原の場面で本物の風が吹いたような気さえしてしまったくらい。ヘンなたとえだが、まるで俳句のような落語。粋だ。

さらに続いて舞台上にスクリーンが再登場。枝雀師匠のビデオ落語が始まった。事前に公表されていなかった演目がテロップで表示された途端、客席のあちこちから「代書屋や」「代書屋や!」とささやき声。それほど『代書屋』は枝雀師匠の持ちネタとして有名なものだったのだろう。この日の『代書屋』は枝雀師匠オリジナルの「ポンでーす」のバージョンではなく、「ガタロでーす」の一般的なショートバージョン。噺の流れが一般的な分、枝雀話芸の独自性が余計に際立つ。なにしろ登場人物の演じ分けのコントラストが凄まじい。ツッコミ役である代書屋を演じる師匠と、ボケ役である客を演じる師匠とのテンションの違いは、まるで別人格じゃないかと思われるほど。おかげで見てる方は始終お腹がよじれるほど笑い転げていられるが、なるほど演る方にとっては神経をすり減らす芸であるに違いない、と思ったのもまた事実だった。
歌舞伎座でのビデオ落語の満足感は期待をはるかに上回るものだった。この感じは家庭のテレビやDVDで落語を観るのとは比べようが無い。観衆の中に身を置いて、笑いの波を肌で感じながら見るスクリーンに居たのは、あの世から舞い戻った枝雀師匠その人であったように思えてならない。その思いはおそらく舞台の袖にいた人たちにとっても同じだったのだろう。上映後。もう一度舞台上に並んで最後の挨拶を勤める枝雀一門のどの目にも涙が光っていた。偉大な師匠を持つことはかくも幸せなことであり、また重荷でもあるのだろう。

『桂枝雀七回忌追善落語会』はこの歌舞伎座公演を皮切りに名古屋、大阪、京都などでも開催される予定。

桂枝雀七回忌追善落語会(歌舞伎座)

April 2, 2005 2:59 PM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ : 立川談志独演会・2005/1/22

1/22。北とぴあ・さくらホールで『立川談志独演会』を見た。

時事ネタ満載の小咄や雑談がこのまま終演まで行っちゃうんじゃないかというくらいに延々続いたかと思うといきなり演目に突入、というのが談志師匠の高座のスタイル。さらには演目の途中で急に雑談の続きに戻ったりするんだけど、最終的にはひとつながりのパフォーマンスとして実に奇麗にまとまったように感じさせられてしまう。前にも書いたが、この人の芸とこの人が日々考えたり感じたりしていることとの間には全く境目が無さそうだ。

で、演目は『木乃伊とり』(みいらとり)と『死神』。『木乃伊とり』ではハチャメチャな展開に爆笑の連続。一方、『死神』ではキレ味抜群にアレンジされたなんとも粋なエンディングに痺れた。どちらも談志師匠の抜群の演技力を強力に印象づける演目。特に死神の表情は本当に怖かった。。。

談志師匠はこの日の雑談の中で、現代の事情とは随分違った古典落語の時代背景について触れ、『芸をやる人間には古典と現代とのあいだを繋ぐ覚悟がなくちゃだめだ』と言ったことを話していた(実際の言い回しとは少々違うが)。重たい言葉だと思う。今この時代にデザインを手がけている私たちにも、おそらくそれだけの覚悟が必要なのだ。

立川談志
立川談志独演会・2004/05/28

January 25, 2005 10:33 AM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ : 笑福亭鶴瓶・第三回青山寄席

もう一ヶ月も前の話しだけど忘れないうちに書いておく。11/6に青山円形劇場で第三回青山寄席・笑福亭鶴瓶落語会を見て来た。鶴瓶師匠の演目は「へっつい幽霊」と「青木先生」のふたつ。以下、落語初心者の書くことなので、的外れには温かいご指導をゼヒ。

「へっつい幽霊」はへっつい(かまど)に住み着いた博打好きの幽霊をめぐる騒動を描いた上方の古典落語。登場人物は見事にダメ野郎ばかりなんだけど、鶴瓶師匠の噺にかかるとその全員がなんとも愛らしいキャラクターとして演じ分けられるのが印象的。
「青木先生」は鶴瓶師匠の実体験が下敷きの創作落語(こういうのを師匠は私落語(わたくしらくご)と言う)。高校時代、授業中にクラスぐるみでさんざんからかった老教師・青木先生のエピソードが若干の脚色とともに語られる。まずはスルガ少年を中心に手を替え品を替えて繰り返されるシュールかつハイレベルな悪ふざけの数々に驚くとともに抱腹絶倒(こんな男子校の先生にだけはなりたくないと思った)。最後は少々いびつなかたちの師弟愛に曲がりなりにもほろりとさせられそうになったところで急転、青木先生の絶叫とともにおしまい。師匠の演技力はひたすら青木先生の物真似のみに注がれて、噺は極めてシンプルに展開する。高座は異様な迫力に満たされ、観客席は笑いの渦とともに一言一句聞き漏らすまいとする緊張感に包まれた。この感覚は以前見た談志師匠とも文珍師匠とも全く別物だ。

この日は鶴瓶師匠の他に桂昇蝶さんと笑福亭達瓶さんが登場。前説で二人のことを面白可笑しく丁寧に紹介する鶴瓶師匠は実に親分肌だなあ、と感心。そして昇蝶さんの噺を見ることができたのは思いがけず大きな収穫だった。
この人は故・二代目桂春蝶師匠の筆頭弟子。演目は師匠の傑作「昭和任侠伝」。前半、任侠映画のカメラワークを事細かに説明する部分があって、これが完全に落語になっているのが素晴らしい。後半は高倉健に憧れる間抜けな八百屋の倅の噺。昇蝶さんの軽妙な語り口や表情は泣けてくるくらい在りし日の春蝶師匠にそっくり。しかしそのディテールには彼だけが持つ乾いた感覚と鋭いエッジがはっきりと存在する。凄いぞ。これは春蝶落語の現代版だ。しかも最高に面白い。
ところが昇蝶さんには引きこもりの気があるらしく、高座で姿を見ることのできる機会はほとんど無いらしい。なんとも落語のようなはなしだ。ああ、しかしなんと勿体ない!

笑福亭鶴瓶

December 3, 2004 7:40 PM | trackbacks (0) | comments (0)

落語初心者のメモ : 立川談志独演会・2004/5/28

5/28。例によって前日からずーっと仕事。少し仮眠して夕方に目を覚まし、有楽町・東京国際フォーラムへ。立川談志独演会『知らねえよそんな事ぁ』を見る。談志師匠を見るのも初めてなら落語を生で見るのも初めてのこと。「落語は100人や200人を前にやるもんだけど、不本意ながらこんなところでやっております」から始まって、延々と世間話(放送やCD化は完全に不可能な内容)やジョークが続いたあげくに始まった演目は『疝気の蟲』。ハチャメチャなアドリブが冴えまくり。仕草や表情が可笑しいのなんの。
15分休憩を挟んで、またしばらく世間話が続いたところで最近何演ったっけ?と、お弟子さんにリストを持ってこさせて、じゃ、これ演ろうか、と言う事で『紺屋高尾』。前のとは打って変わった演目でホロリ。普通この演目は瓶のぞきのくだりまで続くんだけど、この日の談志師匠は高尾が紺屋町にやって来た辺りで終わってしまう。で、作り話だと思うんだけどね、と、余韻を残しつつおしまい。これにはシビれた。粋だ。
幕が下りたと思ったら、これを忘れてた、と『落語ちゃんちゃかちゃん』(落語の名場面や名台詞を抜き出してリミックスした小演目)。キレ味抜群で実に楽しい。最後に「いい風を送って下さった皆さんに感謝致します」と、深々とひれ伏して終演。

なにしろ私たちは落語初心者(にすら達していない)なので、感想を書くのもおこがましい気はするんだけど、世間話と演目と下らないジョークとが渾然一体となった(演目の途中にさっきまでの世間話の続きがまた始まったりするのだ)談志師匠の高座を目にして、この芸はこの人の生き方そのものだな、と強く感じさせられた。人生を楽しみ、しがらみのなかでも自由な精神を失わずに居られる人じゃないと、同じ事をやったところで可笑しくもなんともないだろう。

私たちも“生き方そのもの”と言われるような作品を生み出したい。そう心底思った。

May 31, 2004 4:24 AM | trackbacks (0) | comments (0)
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