
6/28。京阪の神宮丸太町駅と出町柳駅の間で鴨川に掛かる荒神橋を東から西へ。川上の飛び石に亀が混じっているのを見つけた。以下、写真はクリックで拡大。
上は東岸の土手からの写真。さらにズームアップするとこんな具合。11匹の亀はそれぞれ重さ3トンほどのコンクリート製。こちらの写真は橋の上から撮ったもの。
上の亀にぐっと近づくとこんな具合。彼らの生まれは1990年代半ば頃。河床のコンクリート敷石とともに設置されたもので、設計担当は京都府京都土木事務所河川課技師(当時)の吉見重則氏とのこと。20年弱のあいだ水流に洗われた亀は細部の模様がぼやけ、輪郭に丸みを帯びている。ちょっぴり侘びたその風貌は、なかなかにチャーミングだ。
ここ十数年あまり懸念され続けている東山の虫害。その猛威は今年の春先頃から一層強まった。さらにはこの真夏に入って樹勢の衰えた木々が続々と息絶えており、今や被害の深刻さは素人にも目に見えて分かる。下の写真は7/25に白川北大路交差点付近から見た東山の様子(クリックで拡大)。濃い緑に混じって薄茶色に見える箇所は立ち枯れたナラ類。東山全域がこんな状況だ(さらに近景)。
この「ナラ枯れ」と呼ばれる現象は、カシノナガキクイムシ(通称カシナガ)というちいさな甲虫が木の内部に侵入し、食物となる菌を繁殖させ、通水組織を塞ぐことによって引き起こされる。とは言え、そもそもカシナガは弱った木にしか侵入しないそうだから、大元の原因はおそらく別にあると考えるべきだろう。
今年の秋は美しい紅葉を見ることができるだろうか。京都の眺めもいよいよその遠景まで大きく様変わりしつつある。
京都・環境ウォッチ
芦生演習林におけるナラ類の立ち枯れについて(京都大学)
ナラ枯れ:夏なのに紅葉? 東山襲う(毎日jp/2010.08.03)
5/1。東京国立近代美術館から神保町方面へ移動の途中、竹橋ジャンクションで見つけた建物が妙に気になってパチリ。写真はクリックで拡大。
首都高5号池袋線高架下にあるおそらく倉庫と思しいちいさな2階建て(Google Maps with Street View)。錆びた鋼板葺きのファサードはまるで抽象絵画の佇まいだ。ロケーションも、部材の継目や窓のコンポジションも、実に申し分無い。
4/18。大阪市立美術館で『扇絵名品展』を見た後の天王寺公園夕景。

阪神高速へと真っ直ぐに延びる舗道。右手、動物園の向こうに通天閣。
素晴らしくカッコいい眺め。
ゲートのデザインはミンチにされそうでちょっと恐い。
「一度出たら入れません」。
4/4。京阪電車から大川沿いの見事な桜並木が見えた。国立国際美術館で『絵画の庭』を見た後、天満橋まで戻って花見散策することに(以下、写真はクリックで拡大)。
天満橋南詰東側の階段を降りた土手から造幣局方面への眺め。
大川と遊覧船と川崎橋と桜。
川崎橋から京橋方面への眺め。
川崎橋から造幣局『桜の通り抜け』を見下ろしたところ。
思いがけないタイミング、思いがけない場所で、今年最高の桜を堪能することができた。
一般白熱電球の製造中止について(March 17, 2010/東芝ライテック)
と、そんなプレスリリースが出回ったところで以前の記事「誰も本気で白熱電球を無くそうとはしない」に新しい情報を補足しておく。2009年にはランプメーカー各社からいわゆる「LED電球」(ふつうの電球の代替として開発されたLEDを光源とするE26口金のランプ)が概ね出揃った。その辺りに関する情報は下のリンク先に実に分かりやすくまとめられている。
【特別企画】LED電球、どれを買う?(November 26, 2009/家電Watch)
つまるところLED電球は全般的に見てまだまだ暗い。またメーカーやタイプ、取り付ける照明器具によっては光の拡散の仕方が電球とはかなり異なるため、使用に適さないケースも生じている。とは言え、スローペースの進化ではあるものの、LED電球の性能が徐々に「ふつうの電球なみ」に近づいていることは間違い無い。特に調光の可能な製品の選択肢が増えつつあることはまずまず喜ばしい。
記事中、最も注目すべきは「 東芝ライテック E-CORE 一般電球形 8.7W 」の項目ではないかと思う。このLED電球は実質的にふつうの60W電球に遜色無い明るさを持つ唯一の製品として紹介されている。しかし、その消費電力は60W型の電球形蛍光灯とほぼ同じだ。交換のコストを勘定すれば若干有利ではあるが、性能を追求した結果がこんな具合ではLEDを「環境重視型照明の本命」と目することは難しい。はたして次なる技術革新はあるだろうか。
さて、もうひとつ別の話題を。2009年4月に大型居酒屋チェーンがLEDランプを全面的に採用した店舗をオープンしている。通常ハロゲン球が多用される飲食店でのこうした試みは興味深い。
居食屋「和民」渋谷道玄坂店出店について(東京都環境局)
ハロゲン球を一部代替しうるLEDランプが登場するにあたっては、フィリップスライティングやスタンレーなど、自動車用ランプを手掛けるメーカーが重要な役割を果たしている。応用されているのは主に特殊なミラーによる光の拡散の制御技術だ。数ヶ月前に実物を拝見したLEDランプはE11プラグのダイクロイックハロゲン球とほとんど同じ外形で、既存のスポットライトやダウンライトにそのまま取り付けられるものだった。明るさは20Wのハロゲン球と同程度で照射角度はまだ狭く調光不可ではあったが、いまごろはさらに優れた製品が開発されているかもしれない。ことによってはLED電球を上回る環境効果を生む可能性があるだけに、ハロゲン球型LEDランプの進化には期待している。
冒頭のプレスリリースからリンクされている「製造中止・製造継続対象機種について」のページを見ると、実際に製造中止される白熱電球の種類がいかに限定的であるかが良く分かる。以前の記事から2年弱。ランプメーカー各社が「本気」になるのは、どうやらまだ当分先のことだ。
誰も本気で白熱電球を無くそうとはしない(June 29, 2008)
1/3。ご近所初詣の際に撮影した浅草寺本堂。

現在建物は大営繕工事の仮囲いに覆われている。正面に掲げられたグラフィックシートは本堂外陣中央の天井画である川端龍子『龍之図』(1956)の部分拡大写し。山本寛斎氏がプロデュースする平成本堂大営繕美観プロジェクトの一環とのこと。昼間の眺めには「仮囲いだけの方がむしろカッコいいのに」とがっかりしたが、夜はそれほど悪くはない。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
12/4。六本木・東京ミッドタウンのクリスマスディスプレイをパチリ。

パターン抜きされた巨大な和紙の輪がシャンデリア状に連なる。控えめで上品。静かなインパクトがあり印象的だ。どなたがデザインされたのだろうか(見上げた様子/ディテール)。

どなた様も良いお年を。
11/28。浅草・ホッピー通りを抜けてウィンズの裏辺りから望む晩秋の夜の花やしき(こちらはコインパーキング越しのやや遠景)。

Beeタワーはいつどこから見てもただひたすらわびしくて良い。
10/18。午後のアトリエ前共用通路より。

現在の高さは200mくらいとのこと。2ヶ月前から50mほど成長した。最近では時折夜間工事が行われている様子。先月発表された高さ変更の影響があったりするんだろうか。高所で作業なさっている皆様、お疲れさまです。どうぞご安全に。
新東京タワーの名称決定(June 13, 2008)
10/22。JR京都駅新幹線ホームにて。
夕焼けに映える駅ビルは完成後12年を経て未だピカピカしている。その手前に並んだホームは良くも悪くも近代初頭から代り映えのしないままだ。この風景のコントラストはおそらくこれからも当分中和されることはないだろう。
10/22。おそらくずいぶん前からある街灯のデザインがこの日妙に気になって撮影。京都四条寺町・藤井大丸前にて。

こんなあたまをした怪獣の類いを何かで見た気がする。
もう一枚。
10/15。慶応義塾大学三田キャンパスで『谷口吉郎とノグチ・ルーム』を見た帰り、赤羽橋南詰の桜田通り沿いにて。
ビルの谷間に残った三角形の小さな土地に実にいい佇まいの神社が鎮座していた。
伏見三寳稲荷神社(Googleマップ)
ペットアーキテクチャー(goo辞書)
10/13。下馬・tocoro cafeで『tocoro展 - 岡田直人 - 2009』を見て三軒茶屋駅へ引き返す途中、不意に出くわした眺めに足を止められた。
屋根の看板には「やっぱ自分の踊り方でおどればいいんだよ。江戸アケミ」。この日は閉まっていたが、ここはフジヤマという名のレコード店。シャッターボックスに貼り付いた赤い円形が本来の店名看板。日本のロックの世界では超の付く有名店で、今年はオープンから27年目なのだとか。故・江戸アケミの言葉が掲げられた経緯はこのページの下の方に紹介されている。背景には弘善湯の煙突。
じゃがたらにそれほど深く浸ったことは無い。それでも80年代にラジカセからよく聞こえて来たあの音の妖しい輝きを思い出すと、なんだか胸が詰まる。
10/9。夕刻、板橋区立美術館で『一蝶リターンズ』を見ての帰路、首都高速5号池袋線と新大宮バイパス、一般道と高架歩道へのスロープが交錯する西高島平駅前辺りにて。

防音壁の横腹がぬめるような曲面を描きながら薄暮を照り返す。
9/16。浅草橋界隈でディスプレイ資材のリサーチ。

初秋の江戸通り沿いはまさしく紅葉の盛りだった。
写真は『丸正』にて。
8/30。ウヱハラ先生のメガーヌ号で千葉県佐倉市へ。国立歴史民俗博物館と佐倉市立美術館をはしごした後、都内へ戻って台場へ。折しも台風11号が関東へ接近中。

台場夕景。嵐の中、屋形船が色とりどりに浮かれる。

一方、ガンダム立像。柵の外側を取り巻く大勢の人々が、夏の終わりを告げるにしては冷た過ぎる風雨に打たれながら、不思議なくらい静かに、その中心をじっと見守る様子が心に残った。
9/16。夕刻前にアトリエから出かけようとすると、ビルの共用通路から工事中の東京スカイツリーが見えることに気がついた。

現在の高さは150mくらいとのこと。まだ1/4だ。完成時の高さを想像するとちょっと目眩がしそうになる。タワーの直径は意外に大きく、構造体はこれまた意外にがっちり。この調子だと完成予想図のような繊細なイメージは期待できそうにないが、不安定な印象を与えることもないだろう。
なんだか今後の成長が楽しみになって来ちゃったなあ。
新東京タワーの名称決定(June 13, 2008)
8/1。夕刻、御徒町台東中学校近くのオフィスビルにて。

合歓木(ネムノキ)の花をまじまじと見たのは十数年以上ぶりかもしれない。こんな不思議な姿だったっけ。あまりに繊細で蒸発してしまいそうだ。
7/5。浅草を散歩中、久しぶりに浅草寺(せんそうじ)の境内を通り掛ると、本堂が鉄骨造の巨大な工事用足場にすっぽりと覆われていた。

これはこれでカッコいい。夜間作業とかやってるとさらに良さそうだ。
修復工事は2010年11月頃完了予定とのこと。
平成本堂大営繕 ご寄進のお願い(浅草寺)
平成本堂大営繕 工事進捗状況のご報告(浅草寺)
6/23。『ラパン』で珈琲とサンドイッチをいただいてから中央通りを『鈴本演芸場』へ。途中、三洋電機販売のビル(銀杏柄レリーフの鋳鉄パネルに覆われたファサードが目印)脇に意外なものを発見。

日本初の本格的珈琲店『可否茶館』(かひさかん)跡地の碑。碑文の拡大写真はこちら。『可否茶館』の開業は1888年。経営難のため数年で閉店した後、1968年に創業者・鄭永慶の孫にあたる人物が阿佐谷に同名の喫茶店を再興したのだそうだ。この店は現在も阿佐ヶ谷駅北口ガード下のゴールド街2Fで営業している。そう言えば『阿佐谷銘茶楽山 新店』の現場に通っていた頃、一度だけ伺った。至って普通の喫茶店だったように記憶している。この碑が立てられたのは2008年4月13日(『可否茶館』開業からちょうど120年)とのこと。
それにしても、近所にこんな場所があったとは。珈琲好きとしてはけっこう嬉しかったりするが、この貧相なデザインはなんとかならなかったのかなあ。
「可否茶館」跡地記念碑設立除幕式(日本鄭氏子孫会)
「可否茶館」日本最初の本格的珈琲店(倉敷珈琲物語)
5/17。元浅草勉強会02の後、お祭り気分を味わいに浅草へ散歩。2年ぶりのお出ましとなった一之宮の宮入りを見物。予定から2時間遅れの20:30頃、雷門前に神輿が到着。

超速の手締めを合図に、折り畳まれた提灯をさらに突き上げんばかりの勢いで、神輿は仲見世へ突入していった。
3/28。大阪は千日前・南海通りにて。『福太郎』を出てさらに東へ向かうと、こんな風景がひろがる。

まるで描き割りのように薄っぺらでリアリティの欠落した街。なんともチャーミングだ。写真中央には宴会場『味園』、キャバレー『ユニバース』のネオンサインがそびえ立っている。
3/28。大阪は難波・吉本会館正面にて。

ブティックじゃなくてパチンコ屋さん。
施工精度はオリジナルといい勝負でした。
昨年12月にGraphis社から『Graphis Design Annual 2009 』が刊行され、love the lifeの作品『alternative』がPlatinum Awardのひとつに選ばれました。全掲載作品のうちベスト10、と言うことになるかと思います。『alternative』のデザインが米欧のメディアに果たして評価されるのかどうか、正直なところ半信半疑でのエントリーだったのですが、意外な結果に驚きました。大変嬉しく、光栄に思います。見開き2ページとボリュームは少なめですが、見てね。

オーナーの渡辺佳則さん、グラフィックデザインを手掛けて下さった新目要さん、施工担当のイカハタ・清原さんをはじめ、『alternative』に関わった全ての方々に心から感謝致します。
Design Annual 2009 Winners (Graphis)
Graphis Design Annual 2009 (Graphis)
Graphis Design Annual 2009 (amazon.co.jp)
もうひとつ、昨年10/28に第2回AICAショップデザインコンテストの結果発表があり、love the lifeの作品『阿佐谷銘茶楽山新店』は入選となりました。前回の内田繁氏に続き、今回の審査委員長・杉本貴志氏にもいくらか評価していただけたのだとしたら、大変有り難いことです。

オーナーの古川貴則さん、施工担当のイカハタ・清原さん、竹内さん、武田さんをはじめ、『阿佐谷銘茶楽山新店』に関わった全ての方々に心から感謝致します。
10/28。立石で打合せの後、『立石様』を初めて訪れた。私たちが知ったのはつい最近のことだが、古くから信仰されている下町の神様なのだそうだ。『立石祠』、『立石稲荷神社』とも称され、字の通り御神体は石。石と言っても大きさはかなりのもので、地表にはその一部分だけがちらりと顔をのぞかせている。江戸時代に実際にどのくらいの深さがあるのか掘り起こそうとした人が居て祟られた、とか、日清・日露戦争時にお守りとして削って持ち去られた、などの逸話も広く知られているようだ。とにかく、縄文初期には海の底だった(現在も中川の水面より下にある)低湿地にこのような巨石がぽつんとあることが、昔の人にもずいぶんと不思議に思われたらしい。

場所は京成立石駅から東へ歩いて10分ほどの住宅街。葛飾税務署裏側の路地に面する公園(立石児童遊園)の東側入口に「立石祠」の標と小さな鳥居がある。

鳥居をくぐり、敷石沿いに進むとさらに小さな鳥居に突き当たる。『立石様』はその向こう側の水色にペイントされた玉垣の中にいらっしゃった(別方向からの写真,説明板)。
江戸名所図絵「立石村立石」の挿絵を見ると『立石様』のまわりはやや小高い地形となっている。すぐ周辺から埴輪や土師器が見つかっていることも考え合わせて、どうやら『立石様』は古墳時代の墳丘から突き出した石室の一部らしい、というのが最近の有力説のようだ。また、材質的に見てその出自は千葉県・鋸山から切り出された房州石だろうとのこと。
名所としても信仰の対象としても今ではほぼ忘れ去られてはいるものの、『立石様』が東京低地の真ん中でその風景の移り変わりと下町の盛衰を他の何物より永く見守って来た存在であることはきっと間違いない。西から来た新参者ですが、今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。
9/22。午後から葛飾区立石で打合せ。京成立石駅の南口を出てすぐの場所に、『立石仲見世』と看板の付いたなんとも渋い商店街があった。1945年の終戦後からこの地にマーケットが自然発生。1960年にアーケードが設置され、現在に至る。

商店街は120mほどの通りが2本と、30m弱の短い通りが南北方向に3本平行するかたちで構成されている。特に面白いのは西側にある長短ふたつの通りだ。幅3mも無いくらいの通りに様々な業種の店舗が狭い間口でぎゅう詰めになっている。軒先を一直線に走る蛍光灯、簡素なアーケードもまた味わい深い。上の写真はその通りを駅側入口から見たところ。

上の写真は通りの中ほどから駅側を見返したところ。物価の安さ、総菜の充実ぶりについつい財布を取り出しそうになったが、これから電車で帰るんだよな、と思い出し踏みとどまった。

上の写真は東側の通りの中ほどにあった『かぎや染物店』。シースルーの粋な佇まい。その斜め向かいの喫茶店『ルミエール』でさらに打合せの続き。商店街が2006年の個人的ベスト邦画『間宮兄弟』(森田芳光監督)の主要なロケ地であり、この喫茶店で撮影されたシーンも存在することを知ったのはついさっきのこと。
映画のある風景 その5 間宮兄弟ロケ地 - 立石商店街(日本映画劇場)
間宮兄弟
なんだか微笑ましい光景ですね。
http://sanshi.jugem.jp/?eid=2173
しかし三枝師匠と言えどもさすがに普通の携帯電話の方が無難かと。。。
コンディションはどうあれ、ちょっと信じ難い買い得品かも。
http://page16.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/u26488443
ふさわしい覚悟のある人にゲットしていただきたいものです。
日本のインテリアVol.1-4(February 14, 2006)
・2010年を目途に一般白熱電球の製造を中止(東芝ライテック・2008/4/14)
・一般的な白熱電球の製造、販売中止について(三菱電機オスラム・2008/6/16)
・地球温暖化対策への取り組み(NECライティング・2008/6/20)
ここ2ヶ月ほどの間で立て続けに報じられた白熱電球に関するメーカー各社の取り組みについてのニュースを読む際に、最も重要で、かつ一般的に見落とされがちな点は、ここで言う「白熱電球」の種類が極めて限定的であることだ。各社とも、将来的な製造中止または大幅な減産に伴い電球型蛍光灯やLEDへの代替を進めるランプ(光源)は、E26タイプの口金(直径26mmのネジ式)を持つ白熱電球のみと発表している。
電球と聞いて大抵の中高年が思い浮かべるいわゆるふつうの電球の口金がE26だ。このタイプのランプが照明の主流を占めた時代はせいぜい1970年代前半までだろう。その後、一般家庭の照明のほとんどが丸形か直管形の蛍光灯を用いる器具に入れ替わっている。私たち自身、実家では長らく蛍光灯のもとで育った。
蛍光灯を好まない家庭ではE17タイプの口金(直径17mmのネジ式)を持つミニクリプトン球を用いることが多い。このランプは一般的な白熱電球の中では最も明るくコンパクトなもので、ダウンライトやペンダントライトなど多様な形状の照明器具に用いられる。E17の電球型蛍光灯もあるにはあるが、ミニクリプトン球よりもサイズがひとまわり大きいため、代替の可能なケースはほとんど無い。
そんなこんなで、実際のところE26の白熱電球が生き残っているのはバスルームや玄関など2、3カ所程度、という家庭がおそらく大半ではないかと思う。とうに過去の遺物になりつつあるランプを今さら排しますと発表されたところで、遅きに失した感は否めない。ともかく上記のプレスリリースは何ら画期的なものではなく、場当たり的なイメージ戦略程度の中身でしかないことを、私たち一般消費者は理解しておく必要がある。
新東京タワーの正式名称が『東京スカイツリー』に決まったとのこと。
新タワーの名称が決定しました。(Rising East project)

うーん、ゆるロゴ。
以上、この話題をフォローするのはここまで。
新東京タワーの名称募集(March 21, 2008)
新東京タワー(November 25, 2006)
第二東京タワー(March 30, 2006)
ちなみに国内タワー関連では最近こんな話題も。
新『さっぽろテレビ塔』建設構想
東京スカイツリーよりも微妙に高くしたい様子。
4/6。吉祥寺でケーキを買ってから井の頭公園を横断して古田さんのアトリエへ。花見シーズン終盤の桜の名所は夕刻にも関わらずかなりの人出。写真は井の頭池に掛かる七井橋の中央から南東側を見たところ。

水面に浮かぶボートが桜以上に満開だった。特に向こうの方なんかはほとんど芋洗い状態の浮かれっぷり。これはこれで壮観だ。
新東京タワーの開業まであと4年。昨年秋から名称の募集が行われていたとのこと。最終候補案は6つに絞り込まれており、4月1日から5月30日までの間、ウェブサイトとはがきでの投票が受け付けられるそうだ。
投票の対象となるのは以下の6案。
・東京EDOタワー
・東京スカイツリー
・みらいタワー
・ゆめみやぐら
・ライジングイーストタワー
・ライジングタワー

新東京タワーじゃダメなんだろうか。
新東京タワー(November 25, 2006)
第二東京タワー(March 30, 2006)
2/11。合羽橋本通りを浅草から上野方面へ歩く途中で見つけた小さな喫茶店。

お薦めは「お茶」か「珈琲」か。それが問題だ。

みなさまが良い一年をお過ごしになられますよう。
本年もlove the lifeを宜しくお願い申し上げます。
今回は東京で年を越しました。写真は初詣時に開帳されていた鳥越神社の御本社御輿。東京一重いのだそうですよ。
このブログ『life』のエントリーも、3年近くが経って随分と増えました。これからも変わらず、淡々と書き続けてゆこうと思っています。

10/18。近所の春日通り沿いにて。紙の販売会社・深山の東京本社ビル棟屋。好天のもと、新御徒町の駅へ向かう途中でいつも見上げる「紙」のロゴが、この日は一際カッコ良かった。いかにもさりげないが、いい仕事。どなたがデザインなさったのだろう。
10/16。わずかに小雨の降る中、『センガイ・SENGAI - 禅画にあそぶ - 』を見に出光美術館へ。

美術館は日比谷・帝劇ビルの9F。写真は展覧会を見た後で脚を休めたロビーの様子。ソファは全て東側の開口部に面して置かれている。手前に日比谷壕、少し向こうに楠正成像、彼方にひろがる皇居の緑。
写真右手のパーティションの隣には無料のティーサーバーがある。熱いお茶をいただきつつ、しばしぼんやりと過ごすのもこの美術館を訪れる際の楽しみのひとつだ。
9/29。『台東デザイナーズビレッジ』の施設内覧および説明会に行ってみた。旧小島小学校の校舎(1928年築/鉄筋コンクリート造)1、2Fを再利用したデザインビジネス支援施設。2Fの一部には早稲田大学研究所、3Fには東京芸術大学の一部施設が入居している。

屋上の北西角から南側を見たところ。

屋上の北東角から南西角を見たところ。円筒状のコーナーが全体の簡素なデザインをかえって際立たせる。なんだか妙に可愛らしい建物だ。
デザイナーズビレッジの入居条件は大変魅力的だったが、応募倍率はかなり高い。入居者は書類審査と2度にわたる面接で厳正に選ばれるとのこと。私たちのようにお金儲けが大の苦手なへっぽこデザイナーは到底お呼びではなさそうだった。
なんとしたことか、来週のパパ・タラフマラ公演に都合により行けなくなってしまいました。張り切ってプレリザーブで最終日のチケットを確保したのに残念至極ですが、2枚セットで買っていただける方に定価でお譲りしたいと思います。ご希望はメールか、こちらへのコメントでお知らせいただけましたら幸いです。
パパ・タラフマラ公演<生バンド付>
トウキョウ⇔ブエノスアイレス書簡
2007年10月7日(日)/2:00PM開場/2:30PM開演
会場:アサヒ・アートスクエア/1ドリンク付
D列21番,22番/S席4800円(2枚で9600円)

「D列」ってけっこういい席なんじゃないかなあ(無念。。。)。パフォーミングアート、ダンス、演劇にご興味のある方はぜひご連絡を。

6/25。大阪視察の途中、南堀江にて。
特に「ペ」がいい。いや、「ギ」もいいな。
ビルもちいさくてかわいらしい佇まいだった。
6/9。帰宅途中に鳥越のお祭りを見物。新御徒町の駅を出ると、町神輿がそこかしこでこの日最後の盛り上がりを見せていた。

観光化された他の祭礼と違い、鳥越にはいかにも地域の神事らしいコンパクトさがある。お囃子は歩いて神輿を先導し、周辺に警察車両の姿はほとんど見かけ無い。手拍子やかけ声の調子は実に整然として耳に心地良い。私たちのような余所者は完全にお呼びでない感じだが、まつりと言うものは適度に閉じられていた方が美しいのだと思う。

下の写真は本日10日の出番を待つ千貫神輿(東京一重いと言われている)。
OZONEの布&トートバッグマーケットも最終日。雨、降らないといいな。
5/30。打ち合わせからの帰りに隅田公園の脇を通ると紫陽花が満開だった。

下の品種には「カシワバアジサイ」との札。

公園を離れて、江戸通りを下る途中も歩道の脇は紫陽花だらけ。つい気になってしばらく写真を撮り続けた。

それにしても、色といいかたちといい、近所を少し歩くだけでもいろんな種類が見つかるものだ(他の写真1,2,3)。
梅雨入り直前の爽やかな数日。
アジサイ(Wikipedia)
4/23。名古屋の地下鉄名城線市役所駅ホームにて。

サイズの小さな文字を太くしようとして無理が出たのか、「ナゴヤドーム」の文字が独特な雰囲気を醸し出している。ちょっと「ヤマト」っぽい。
ちなみに表示の駅名はナゴヤドーム・前矢田ではなく、ナゴヤドーム前・矢田。
本日2007年5月5日でlove the lifeのホームページは10周年を迎えました。最近は直接このブログにアクセスされる方がほとんどだと思うので、トップページのアクセス数はチェックしていませんでしたが、久しぶりに見るとちょうどカウントが40万を超えたところのようです。
インターネットという環境があって当たり前の昨今、この40万と言う数字自体は大したものではありませんし、インターネットを通じていいことも悪いこともたくさんありました。それでもlove the lifeがこうしてなんとか生き延びて来れたのは、間違いなくこのホームページを通して知り合った方々の支えと叱咤激励のおかげです。あの時代にホームページをはじめて本当に良かった。皆様に心よりお礼を申し上げます。
生活が続く限り、love the lifeは無名の一デザイナーとしてひっそりと、勝手に情報を発信してゆくでしょう。これからもどうぞよろしくね。
4/13。花緑まつりの幕が上がる前の鈴本演芸場。元浅草に引っ越してからまる2年が経とうとしているが、寄席を訪れるのはこれがはじめて。

ステージも客席もぎゅぎゅっとコンパクト。親密な間合いが新鮮だ。なるほど、これが鮨詰めと言うやつか。
客席の傾斜はゆるく、前に客が居るのと居ないのとでは、眺望が天と地ほど違う。私たちは後半ずっと頭を横に傾けながら見ていたので、さすがに首が痛くなった。また、幸いこの日は何の問題も無かったが、最近の寄席では客のモラルの低下が問題視されているらしく、高座の最中に携帯電話が鳴るのはザラで、フラッシュが光ることさえ珍しくないようだ。もともと寄席や演芸場と言うものはゆるいシステムの中で客側の質と常識を頼りに運営されるだけに、こうした風潮は致命的になりかねない。
有名落語家の高座がテレビか大ホールでしか見られなくなる日もそう遠くないかもしれない。それまでに間に合えばぜひこうした落語や演芸の打てる小劇場を設計してみたいものだ。今は機会をつくってなるべく多く、この雰囲気を楽しんでおくことにしよう。
4/8。午前中に代官山で住宅物件のダイニングテーブル納品に立ち会い。吉祥寺の藁科邸へ移動して阪口さん亭主のゆるい茶会に参加。ちょうどこの日は仏陀の誕生日、と言うこともあって、曼荼羅(淺川さん私物)あり、マニ車あり(古井さん私物)の不思議な設えに。結界と炉まわりの造作はOSBの組み立て式(スタンダードトレード製作)。
こうした席は勝野もヤギも初めて。一から十まで教わりながらなんとか進行について行きつつ、何気に美しい阪口さんの所作に見入る。

淺川さんお手製の懐石がまた実に感動的だった。写真は桜ご飯(左上)、ダールカレー風味の味噌汁椀(右上)、アボガドと甘酸っぱいソースが乗った鯛のタイ風味(左下)、そして油揚げのサモサ(右下)。青柳と桜鯛の向こう付けや桜ピクルスも忘れ難い美味しさ。

オトナとして見習うべきところ多大なひと時を過ごさせていただきました。感謝。
3/16。『森谷延雄展』から京成線で上野へ。丸井の無印良品に寄ってから御徒町方面へ歩く途中『graniph』の前を通り掛った。

近年全国で展開されているTシャツショップ『graniph』の店舗には、簡素ながら風合いのある好感の持てるデザインが施されたものが多い。肝心のTシャツのデザインについては、グっと来るものはさほど多くはないのだが、ついつい訪れては買い物をしてしまう。
この上野店は中層ビルのちいさな一角に白く潔い空間を切り取っている。アメ横の混沌の中で浮き立つ様は、さながら街の句読点と言ったところ。こうして建具が開放され、店内が屋台のように通りと一体化すると、春はもうすぐそこだ。
3/3。午後過ぎに湯島天神の梅まつりへ。

歩いて来れる距離にも関わらず、ここを訪れるのは初めてのこと。残念ながら梅はほとんど咲いていなかった(おそらく散ってしまったのだろう)が、建物のそこら中に梅をモチーフとする装飾が散りばめられているのを眺めては感心。境内中央の社殿(上の写真)は総桧造りの壮麗なもの。建て替えられたのは1996年とのこと。どうやって消防法をクリアしたんだろう?と思ったら、ホームページでその辺のことが少し触れられていた。20世紀末の都会のど真ん中に木造の社寺建築が新築されるとはなんとも素敵だ。

お参りを済ませ、梅よりも焼きそばソースのにおいの勝る人混みの境内から早々に退散。『うさぎや』でどら焼きを買ってから『ラパン』で一息ついた。
12/28。『きむらや』で玉子焼をいただいた後、『魚の棚商店街』でヤギの実家へのお土産を物色。1618年に始まる明石城の築城と城下の町づくりに伴って成立した商業地は、現在もその周辺に生活する人々から“うおんたな”と呼ばれ親しまれている。大漁旗を模したフラッグの舞う午後のアーケードはものすごい賑わい。

100以上の商店が軒を連ねる中で、扱われているのは多くが海産物とその加工品。獲れたての地魚が路上にひしめき、その間にこれまた大量のかまぼこやちくわなどなどが挟まった状態。

明石を象徴するキャラクターと言えば蛸。干物がずらりと吊るされた店先は、実にワイルドな雰囲気。

鰯ちくわと鯛ちくわ、それから焼き穴子の串を購入。夜になって、小雪の舞子から高速バスで徳島へ。
12/26。『finerefine』大阪高島屋店から堺筋を北上して日本橋から地下街へ。四ツ橋線のなんば駅に向かう途中で久しぶりに鯨と遭遇。この石の彫刻は、1994年にこの地下街が『虹の街』から『なんばウォーク』に改装された際にお目見え。以来静かに物議を醸し続けている。

その胴体と尾はどうも自然には繋がりそうにない。「バキッ」という音が聞こえて来そう。
実のところ、2頭のセミクジラが遊ぶ様子を再現したんだそうだ。なるほどね。
12/26に第1回AICAショップデザインコンテストの結果発表があり、love the lifeの応募作品『dcb』は最優秀賞をいただきました。

photo : shinichi sato
今回久方ぶりに国内のデザイン賞に応募してみた最大の理由は、内田繁氏が審査委員長であったことです。また、他の有名デザイン賞と違って審査料が無料であるばかりか、作品登録が全てウェブ上で完結するため資料作成のコストがほとんどかからず、応募者の負担が極めて少ない点にも好感を覚えました。主催者が建材メーカーであり、作品にAICA商品が使用されていることが応募の条件とはなりますが、良いコンテストになるのではないかという漠然とした期待がありました。
他の作品についてあまり詳しいことは分かりませんが、幸いかなりレベルの高いものが寄せられていたことは間違いないようです。各受賞作品に至っては、その質的内容の差は無いに等しいものだと思います。何より、深く尊敬する内田氏に評価をしていただけたことを、他の受賞者の皆さんとともに喜びたいです。審査総評などは現在発売中の商店建築2007年1月号にも掲載されています。
オーナーの櫻岡さんと古谷田さん、施工をしていただいたイカハタの清原さんと谷川さんをはじめ、『dcb』に関わる全ての方々に心から感謝致します。申し訳ありませんが、賞金は借金の返済に充てさせていただきます(笑)。近いうちに飲みましょう。
またまた蔵書が棚から溢れ出してます。誰か買って&もらって!

X-Knowledge HOME/Vol.01-08,10-20/19冊セット(別の写真1,2)
(お買い上げありがとうございました)
今は無きエクスナレッジ社のムック『HOME』です。毎号特集の切り口が無闇にシブく、誌面がやたらとビジュアル系だったので心配はしつつも楽しみにしていましたが、やっぱり長続きしませんでした。合掌。Vol.09が抜けてはいますが、実はけっこう貴重なセットかもしれません。定価はVol.01が420円、02から16が840円、17から20が1260円です。状態は全体にわりと良好です。各号の特集は“続きを読む”でご覧下さい。まとめて買い取って下さる太っ腹な方に一式5000円(送料別)でお譲りします。
室内/11冊セット(画像クリックで拡大)
(ご連絡をありがとうございました)
今年ついに休刊となってしまったインテリアデザイン誌『室内』から、長らくとっておいたバックナンバーをまとめて放出。エコ関連の特集号が多いですね。定価は各1100円です。状態は表紙に少し擦れがあることを除いてわりと良好です。各号の特集は“続きを読む”でご覧下さい。インテリアデザインの勉強をなさりたい方に無料(送料別)で差し上げます。
早い者勝ちです。ご希望の方はメールかこのエントリーへのコメント(メールアドレスの記入が必要ですが、公開されることはありません)にてご連絡いただけましたら幸いです。受け渡しの方法などについては追ってご相談させて下さい。どうぞよろしくお願いします。
9/19。打合せの帰りに成城学園前の駅ホームで見つけた大型行灯広告。

マツダのショールームだった頃を思えばずいぶんと大胆な変貌ぶりではあるけど、実は意外にハマってるんじゃないか、とも思ったり。
勝野のiMac (G4)が突如グレーの画面でカリカリ言ったまま立ち上がらなくなりました。幸いターゲットモードだと起動したので、取り急ぎ必要なデータを救出しようとしたんですが、現在進行中の1プロジェクトのフォルダだけが読み込めません。しかも変更日が1904年1月1日とかになってるし。。。そんなわけで、このフォルダだけは泣く泣く救出を諦めて、HDをきれいさっぱり全消去。
で、一日がかりの作業を経て復活。幸い現在のところiMacは快調です。連絡の取れなかった皆様、大変ご迷惑をおかけ致しました。。。
9/12。展覧会はしごの手始めに青山へ。紀ノ国屋跡地を通りかかると、こんな不思議な状態になっていた。

高さ3m前後はありそうな白い布に一面の白砂利。フロムファーストやQFRONT、hhstyle.comなどのプロデュースで有名な浜野総合研究所が企画した『白の一週間』というイベント。若干カルトな風味のあることは否めないものの、素直に見れば美しく、インパクトのある光景だった。この日は生憎の小雨模様だったが、晴天ならもっと良かっただろう。
昨日(16日)から明日(18日)の最終日まで、このスペースは一般に開放されているのだそうだ。
青山・紀ノ国屋跡地が「白一色」に−商業ビル着工へ(シブヤ経済新聞)
何色に染める? 一等地に白い空間 東京・青山(asahi.com)
お盆は都内でいろいろと。
8/14はオフィス物件の打合せで白金台へ。その後恵比寿へ移動してintewarrior・山下さんと『シェ・リュイ』で小田原『井筒屋』の商品ディスプレイについて打合せ。『プレハブ酒場』でおでんと焼きそばを食べて、代官山『dcb』で飲む。
専門学校講師も務める山下さんとの談義がデザイン教育についての話題に及んで、私たちが「機会があれば、インテリアデザイナーは便利屋的にクライアントを喜ばせるだけじゃなくて、生活とか環境の質について問題意識を持って仕事しなくちゃならない、ってことを学生に伝えたい」みたいな話をしたところ、「そりゃ辻説法とか私塾を開くとかした方がいいかも」と言われてしまった。確かにそうかもしれない。
8/15はたまプラーザ『simpatica』で取材。久方ぶりに萩原修さんにお会いした。なんで今のインテリアデザインは面白くないのか、という話題を振られてしまったので、性懲りも無くあれこれと意見を述べる。「インテリアデザイナーの多くは過去のインテリアデザインをぜんぜん知らないから、いま本当にやるべきデザインや新しいデザインを発想しようにもできない」とか「最近は建築家の手がける店舗の方がずっと面白いけど、その多くに商いを成り立たせる基本的技術が欠けているのと、自身の生活の貧しさがにじみ出ちゃってるのがイタい」とか「インテリアデザインは自閉の時期を過ぎて都市環境と直接繋がり、開かれてゆくんじゃないか」みたいなことをつらつら話す。意外にもなんとなく前のめりで聞いてもらえたので、調子に乗って前日に話したことも含め、「できれば建築の学科でインテリアデザインの現代史と技術をちゃんと教えたり研究したい」とまた夢の話。言い続けてるとそのうち何かいいことが起きるかもしれない。
ノートPCの画面をお見せしながら『simpatica』や『fit』のデザインについても解説。こんな感じでいつもシンプルな考えでやってます、と話すと、エディターの井手さんに「でもこれってポップですよね」と言われてなるほど、と思う。シンプルにデザインしたことがキャッチーな表装に結びつくのはウチの特徴かもしれない。これって売り文句になるかな。
16:00辺りから取材が始まって、食事が終わったのは23:00くらい。
それから2日ほど作業日を挟んで、18日に住宅インテリア物件の打合せで成城へ。その後クライアントとたまプラーザに移動して再び『simpatica』で食事。終電近くまであれこれ話し込む。

代官山とたまプラーザ、という立地の関係上なかなかはしごをすると言うわけにはいかないのが残念だが、こんなふうに利用させていただける作品があるのはデザイナーとしてとてもありがたいことだ。
『dcb』で櫻岡さんがつくるカクテルには、飲むものを酔わせながらも頭の中の眠っていた部分を覚醒させるような鋭さがある。櫻岡さん自身が日替わりでエディットするLEDライティングも快調に稼働中。訪れる度に新鮮な感覚を受け取って帰ることのできる貴重な店だ。オープン後5ヶ月を経て、徐々に地元の固定客も根付きつつある様子で嬉しい限り。
一方『simpatica』は数ヶ月前に来た時よりもまたぐんと料理の味がレベルアップしているのに驚いた。黒板に書かれたメニューの内容がワイン中心からフード中心に代わったことにも自信のほどがうかがえる。それにしてもこの満席具合はどうだ。スタンディングカウンターまでぎっしり人が埋まっているのを見て、なんだか感動してしまった。これもオープンから2年2ヶ月のあいだ明るくフロアを切り盛りしてきた池田さん夫妻の努力と地元のニーズを読み取る確かなセンスのあらわれに違いない。
いい店にはいいオーナーが居る。デザイナーが手伝えることなんて最初のほんの一押しに過ぎない。私たちには自前で店を持つような器量は到底ないから、せめてお邪魔にならない程度に通わせていただくことにしよう。どちらの店にもマイペースに、ずっと永く頑張ってもらわなくちゃ。デザイン料を飲み食い代の方がはるかに上回るくらいになったら幸せだ。
dcb/東京都渋谷区猿楽町23-5-B2F/03-3770-0919
18:00-深夜/不定休
simpatica/神奈川県横浜市青葉区美しが丘2-17-12/045-903-5010
17:00-1:00LO(土日12:00-15:00,17:00-1:00LO)/月休(祝日の場合火休)
Movable Typeを3.31にバージョンアップしてから各エントリーにタグを付けることができるようになった。これはカテゴリーでの分類より使えるかも?と思って、将来メインページにタグのサブメニューを付けることを前提に、過去エントリーにちまちまとタグ付け。ところがいくつかのエントリーにタグを付けた時点でエントリーやコメントを書いたり、再構築したりするのが突如ものすごく遅くなってしまった。
こりゃ時期尚早だったかな、ってなわけで一旦タグは全部削除。おかげで快適な状況には戻ったんだけど、タグ自体はいい機能なだけにとても残念。サクサク機能させる方法ってあるんでしょうか?
Movable Type 3(Six Apart)
7/29。隅田川花火大会の日。昨年同様、マンションの通路から見ることができれば良かったんだけど、今年は外装工事のため薄いメッシュ状の仮囲いシートを通しての鑑賞。

これはこれでまあ奇麗だけど、やっぱりスッキリしないよね。
そんなわけで、皆様今年はお誘いできなくてごめんなさい。
7/27。先日お色直し工事の終わったニイミの伯父さんの前を通りかかった。

以前に比べるとかなり顔色が良く、少し若返ったように見える。
伯父さん、意外と大事にされてるんだね。

ところで、この辺りにニイミのビルはいくつかある。上の写真は通りを挟んで伯父さんの向かいにあるニイミの別棟を見上げたところ。バルコニーがカップ&ソーサーになっているのがニクい。
雪の日のニイミ伯父さん(Jan. 21, 2006)
7/21。打合せが終わって、小田原駅前の地下街にある喫茶店で休憩。

店名は『喫茶ジャンボ』。ロゴはワイルドだが、ゾウのキャラクターデザインと店の構えはかわいらしく、しかもやけにきっちりと整った印象。鉢植えの配置まで全く隙がない。

ぎっしり具合がいい感じのサンプルケース。

プリンパフの盛りつけはほぼパーフェクトと言って良いほどサンプル通り。店主氏の生真面目なお人柄を伺わせる。味も期待通りのジャンクさで大いに満足させていただいた。
7/1。徳島のヤギの実家から裏庭で採れたプラムが到着。

皮を剥いて盛りつけると、不揃いな果実がまるで宝石のように輝く。
6/30。『大昌園』からの帰りにかっぱ橋を通りかかると、もう七夕の飾り付けが。

七夕まつりは今日(6日)から10日まで。
6、7、8日は入谷の朝顔市で、9、10日は浅草寺のほおずき市。
5/25。ふたつめの打合せに向かうべく成城学園前から代々木上原へ。さらに幡ヶ谷方面へ歩く途中でちょっと変わった風景に出会った。

車一台を縦列駐車するのがやっと、というくらいのやたらと細長い住宅地が坂道に沿って延々と連なっている。上の写真は代々木上原方面から見てその住宅地の先端辺りを撮ったもの。もう少し近づくとこんな感じ。
Googleマップで見ると長さにしてほぼ200mくらいがこうした“逆・鰻の寝床”な状態であることがわかる。地形的にはおそらくあぜ道か用水路の名残だろうとは思うけど、なんでまたこんなことになったのやら。21世紀の東京はメガロポリスであると同時にいまだ広大な田園でもある。
じわじわと増えつつある蔵書の置き場所が無くなってきたため、ざくっと処分します。さて、どなたか買って下さる方はいらっしゃいますでしょうか?

商店建築デザイン選書(写真左)/1-7/7冊セット
(お買い上げありがとうございました)
1970年から1976年にわたって刊行された10冊シリーズのうちの7冊。日本の商空間インテリアデザインのビッグバン期を克明に紹介するビジュアル満載(ただしほとんどモノクロ写真)の貴重な書籍です。全冊揃えるまでの間に重複してしまったもの。コンディションは下記の通りです。
1 話題の喫茶店(初版):カバー(痛み)/表紙(カビ)/中身(良)
2 魅力ある外装の造形(初版):カバー(小痛み)/表紙(カビ)/中身(良)
3 秀作レストラン(二版):カバー(無)/表紙(良)/中身(良)
4 異色クラブ・バー(二版):カバー(無)/表紙(良)/中身(良)
5 個性ある和風料理店(二版):カバー(無)/表紙(良)/中身(良)
6 感覚的な服飾店(初版):カバー(小痛み)/表紙(良)/中身(良)
7 ドライブイン・レストラン(初版):カバー(無)/表紙(良)/中身(良)
内容については内容についてはこちらをご参照下さい。まとめて買い取って下さる太っ腹な方に8500円でお譲りします。
*現在お一人様ご希望承り中です。
AXIS(写真右)/No.70-90/21冊セット
(お買い上げありがとうございました)
1997年の11・12月号から2001年の3・4月号まで。表紙に多少の痛みがありますが、中身のコンディションは概ね良好です。内容についてはこちらをご参照下さい。まとめて買い取って下さる太っ腹な方に5000円でお譲りします。
早い者勝ちです。ご希望の方はメールかこのエントリーへのコメント(メールアドレスの記入が必要ですが、公開されることはありません)にてご連絡いただけましたら幸いです。受け渡しの方法などについては追ってご相談させて下さい。どうぞよろしくお願いします。
『立田野』の前辺りから撮影。

ゴールデンウィーク最後の人手に湧く歩行者天国。
中央通り(Wikipedia)
5/4。夜の築地市場。広大な敷地と高層ビル群との対比。
休市日にもかかわらず、たくさんの大型トラックが出入りしていた。

この風景も2012年以降、消え去ってしまいそうな情勢のようだ。個人的には移転そのもの以上に移転後の跡地開発の方が気がかりではある。70年以上にわたって都民の台所を支えてきた場所にふさわしいセンスの良い計画が立案されることを願うばかり。日本橋みたくならなきゃいいんだけど。
市場の歴史(東京都中央卸売市場)
中央区の顔「築地市場」移転問題について考える(中央区タウン)
ザ・築地市場
安全・安心を守る消費スタイル
第22回(Apr. 13, 2006 日経BP社/SAFETY JAPAN)
これが本当なら相当画期的なこと。
国産杉をどんどん活用して花粉症を根絶しましょう。
4/4のニュースより。
延焼防止、知られていない? 「防炎品」の普及低迷
各地で多数の焼死者を出す火事が相次ぐ中、延焼防止に役立つとされる「防炎品」の普及が伸び悩んでいる。燃えにくい素材でできた防炎カーテンを使っていたため、連続放火犯による被害を最小限に食い止めたケースもあるが、一般家庭の普及率は、東京都内で3割程度。
総務省消防庁では「万一、火事が起きても命を救う効果がある」として、今月から、消費者の前で防炎品に火をつけ、燃えにくさを実感してもらうなどのPR作戦を始める。(略)
防炎品は、不燃性のガラス繊維などが使われ、着火しても燃え広がりにくい。防炎品の普及を進める「日本防炎協会」(東京)の実験では、普通のカーテンに火がつくと、炎はわずか1分で天井まで達してしまうが、防炎カーテンの場合、大型ガスライターの火を5分間近づけても、炎のあたった部分が黒く焦げるだけで済む。 防炎品の種類は実は豊富で、カーテンやカーペットのほか、障子紙や仏壇で使う白布、バイクカバーなどもある。特にカーテンの場合、日本防炎協会は「一般の商品と比べて割高ということはない」と説明する。(略)
(2006年4月4日14時53分 読売新聞)
常々知りたいと思うのは、火災時に「防炎品」が人体に有害なガスをどの程度発生させるのか、と言うこと。ガラス繊維なら特に心配は無さそうだが、防炎品のインテリアファブリック(カーテンや壁紙など)の多くは難燃性の塩化ビニールなどを主材としたものや、化学素材を浸透させることで「防炎加工」を施したものだ。この辺のデータが分かりやすいかたちで公になっていないことが、そもそも「防炎品」なるものを胡散臭い存在にしているんじゃないかと思う。特に高気密で収容人数の多い商業施設やオフィスビル、高層マンションなどのインテリアを防炎品で覆い尽くすことには、かえってなんだか危険を感じるんだけど、実際のところはどうなのだろうか(良い資料をご存知の方がいらっしゃれば、ご教授いただけると大変有り難いです)。
そもそも衣服を着て生活している限り、私たち自身が可燃物のかたまりなのだ、ということを忘れるべきではない。消防法的にはとにかく建物さえ延焼しなければ、人間は燃えたり中毒死しても一向に構わないのかもしれないが。
中年既婚女性の星・弘山晴美選手がマラソン初優勝。時折冷たい雨の落ちる決して好条件とは言えない中、世界歴代5位記録保持者の渋井陽子選手を残り1キロで鮮やかに抜き去って2時間23分26秒の好タイムでのゴール。決して渋井選手が不調だったわけではない。今日の弘山選手は強過ぎだ。文句無しに会心のレース。カッコ良かったです。
弘山晴美(資生堂ランニングクラブ)
名古屋国際女子マラソン
名古屋国際女子マラソン詳報(東京中日スポーツ)
松武秀樹氏、坂本龍一氏、椎名和夫氏らを発起人として日本シンセサイザープログラマー協会が行おうとしている電気用品安全法(電安法,PSE法)に対する規制緩和(規程変更)嘆願声明への署名受付は明日3/5(日)までだそうです。
JSPA - 日本シンセサイザープログラマー協会
電気用品安全法に対する署名のお願い(JSPA)
「名機」が販売禁止に 4月に迫る「電気用品安全法」(ITmedia)
「音楽の発展に支障」 坂本龍一氏らがPSE法緩和を求め署名活動(ITmedia)
1/21。今日は雪。田原町界隈は人も車もまばら。そのおかげか、いつもならとっくに売り切れているはずのペリカンのロールパンを16:00過ぎに買う事が出来た。ラッキー。

合羽橋商店街の入口に鎮座するニイミの伯父さんにもうっすらと積雪が。心無しか威厳が増したような。
東京に戻るのは1/2の夜遅くになる予定です。
実家で無事ADSL接続できたら、あちらでも何か記事を書くかもしれません。
そんなわけで、皆様ひとまず良いお年を!
7/30。マンションの廊下から隅田川花火大会を観賞。残念ながら第一会場は給水塔の陰になってしまうんだけど、第二会場の方は部屋を出たところ真正面。

その始まりは1733年という歴史ある隅田川の花火。川幅が狭くなった昨今ではほとんど住宅・オフィス街の狭間という条件からさほど大きな玉を打ち上げることはできない。第一会場は5寸玉、第二会場は2寸5分玉が最大のようだ。それゆえ半端に派手な花火よりも、単色の上品な花火の方が印象に残る。

とは言え、時々大きめのが上がる時、ビルの向こうに火柱が立つような光景が繰り広げられるのもなかなかの見物ではあったりする。
特集・2005年隅田川花火大会(浅草い〜とこ/隅田川花火大会の歴史など)