"san-ai/ohmori primo" job diary 03/31/2000 part 1
1999年10月15日
この仕事の発端は、小泉産業・鈴木さんが以前からお知り合いだった今回のクライアントとなる会社の方にラヴザライフを紹介したいと申し出て下さったこと。鈴木さんに簡単なポートフォリオをお預けしておいたところ、この日、
『先日の件ですが、先方のうけがすごく良く来週早々に御会いしたいとのことです。』
とのメールをいただきました。そう来なくちゃ!

そのクライアントとは、なんと!水着やレディスアパレル、そして銀座のまあるいビルでお馴染みの あの『三愛』です。いろいろなブランド名で全国に何十店舗ものお店を展開しているのできっとあなたのご近所にも関連のブティックがあるのではないでしょうか。

1999年10月20日
当時北品川にあった三愛のオフィスへ。店装担当・秋山さんと神原副事業部長にお会いし、まずはラヴザライフの概要と物販、ブティック、ファッションに対する考え方をご説明しました。
秋山さんはカジュアルな出立ちのとても気さくな印象の方。神原さんは口ひげが実によくお似合いのオシャレな方で、三愛のショップが抱えた課題やこれから目指そうとする方向性について熱く、そして丁寧にお話しして下さいました。おおーカッコイイ!それに引き換えウチらはと言うとジーパンにスニーカーといういつも通りのふやけた格好。なんだか恐縮してしまいます。。。

三愛は内部でデザインを行わず、様々なメーカーの洋服をセレクトして販売している会社です。それだけに商品も含めた店舗のイメージを変えて行くには外部の協力体制が不可欠です。神原さんはこうおっしゃいました。「店が全体が変わるための第一歩として、まずデザイナーの手でショップの空間を変えて欲しいんです。」
この日は三愛で懸案中のいくつかの店舗物件の具体的なスケジュールが決まってから再度、秋山さんからご連絡をいただくと言うことにして顔合わせを終えました。

1999年12月08日
その後、いくつかの候補物件について設計料の見積や打ち合わせを進めつつ一ヶ月以上が過ぎましたが、ついに具体化できそうなプロジェクトが発生。この日、午前中に北品川を訪れ、契約書を秋山さんにお預けしました。契約書が返送されて来たら、そこからがようやく設計作業のスタートとなります。

そして出かけたついでに大森の現場を見に行くことに。PM2:00頃にJR大森駅に着くと、そこは想像以上の乗降客でごった返していました。サラリーマン、OL、主婦、学生らしきヒトなどなどなど。こんなハンパな時間にも関わらずまるで自由が丘の通勤ラッシュ時のような人出です。大森ってこんなに人口が多かったのか!

大森PRIMOとJRの駅改札の連絡フロアは3Fにあります。いかにも古い駅ビルらしい感じのベタなお店が並ぶのを眺めつつそこからエスカレーターで下って行って1Fへ。すると下りエスカレーターの真正面に三愛が表れました。

『こ、これは。。。!』
それは薄暗い店内に商品がてんこ盛りに詰め込まれた空間でした。おそるおそる足を踏み入れてみると、なんと通路の狭いこと。品揃えはベーシックなリクルートスーツからコギャル系ムートン付コートまで異常に幅広く、うずたかく山積みになった商品はもうなんだか広げてみる気にもなりません。
場所的にはPRIMOの出入口もエスカレーターも近く、なかなかの好立地なのですが、隣の店舗区画にあるクリーニング屋さんから漏れ出す白い蛍光灯の光が壁際からこうこうと差し込んでいるのがかなりお店の雰囲気を壊しています。

うーん、、、これはやりがいがありそうだ。。。

1999年12月16日
ちょっと間が空いて、この日、ようやく三愛のサインと判子の入った契約書が郵送されて来ました。 おーし、これで晴れて正式に業務発生!オープン目標は3月前半。スケジュールの遅れを取り戻さなくては!今回はスケジュールにも設計に関わる予算にも余裕が無いため、秋山さんと相談の結果、凝ったプレゼンは抜きにしてイキナリ設計に取りかかることになりました。

1999年12月24日
三愛・北品川オフィスへ。大森PRIMOの物件に関しては事実上これが第一回目の打ち合わせです。まだ三愛側からの要望がまったくヒアリングできていないことから、まずは白黒線画のスケッチと平面図数パターンのラフ案を用意しました。また、初めてお会いするいろんな部署の方が出席しているのでまずはご挨拶から。

いざ打ち合わせに入ると、いろんな立場からのいろんな意見がビシバシ飛び交います。しまいには『今回はプレゼンだって聞いてたんだけどなんでカラーのパースとかイメージコラージュとかが無いわけ?』とか文句を言い出すヒトまで現れました。だからこれは「プレゼンテーション」じゃなくて「打ち合わせ」なんですってばー!
よくよく聞いてみるとこのヒトはどうもプレゼンテーションというのは最初に無条件にタダでやってくれるものだと思っているらしいのです。残念ながらラヴザライフはそんなそこら辺の土建屋のような無意味な作業はやりません。必要な機能や要望をヒアリングした上で、これしか無い!という状態の完璧なプレゼンテーションを行うのがウチのやり方なのです。

その辺の言わばどーでもイイ部分でなぜか押し問答になってしまい、すっかりキレたヤギの剣幕でその場がシーンとなったところへようやく勝野がまとめに入って各部署の意見を確認。正月明け早々にまとまったプレゼンテーションを行うことになりました。
あーなんだかイヤな風向きになって来たような。。。

1999年12月25日
三愛・秋山さんから電話。社長にラフプランをお見せしたところ、特にこれと言った意見は出なかったので、前日の打ち合わせの内容に沿ってプランを進めて下さいとのこと。

そんなこんなでさよなら1999年。この年末はクリスマスも関係無し!正月にも帰省せずに、本格的なプランニングになだれ込んで行ったのでした。

part 2に続きます。
part 2